« 二条城 | トップページ | 古山陰道 »

2005年2月 8日 (火)

阿弖利為(あてるい)

数多い京都の歴史遺産の中で、最も好きな寺院のひとつが清水寺である。いや、清水である。清水の坂を登るあたりから、ゆっくり歩みを進めると、修学旅行でこの場所へ来た時の自分にタイムスリップし、なにかとても懐かしい気持ちになる。京都以外を故郷とするある年代以上の人間がもつ、京都の原体験がここを特殊な土地にさせているのだろうか。
しかしそんなとても有名な清水寺の歴史は実はあまりよくわかっていない。夢告によって導かれた賢心と坂上田村麻呂の助力によるとされているが、起源の詳細は伝承に守られており、平安京の成立前に遡る可能性の高いきわめて古い寺院であるということ以外わからないことが多い。
あらためて調べてみたい。
その清水の舞台を過ぎ、音羽滝からもどる途中に「阿弖利為」の碑が建てられている。平安時代初期の東北を代表する英雄である。
やはりあまり注目されることのない、平安時代初期の東北拡大政策によって、坂上田村麻呂と阿弖利為が交錯し、ここにその碑が建てられた。
長岡と平安の二つの都をつくり、さらに東北への大規模な遠征をおこなった。桓武の時代は激動の時代だった。桓武は休む暇もなく動き回っていたことになる。
いったい彼はなにをしたかったのだろう。
清水寺はそんな桓武のもう一つの貌を考えさせてくれる。

« 二条城 | トップページ | 古山陰道 »

京都」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 二条城 | トップページ | 古山陰道 »