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2005年2月16日 (水)

笠置

国道24号線を京都から奈良へ向かって走ると、いつも右側に見えるのが木津川である。古代・中世どころか明治まで南山城の交通の大動脈であった。
その木津川を、奈良に入る手前で渡る橋が泉大橋。日本書紀によれば「いどみ川」を語源と伝える。
笠置へはこの泉大橋の北で東へ曲がり、伊賀へ向かう道をいく。
温泉があって、夏には河原のキャンプでにぎわう。
車で行くイメージが強いが、JR線で行くと、大和路線快速の基点である加茂から一駅。ワンマンカーで本数は少ないが、けっして不便ではない。
後醍醐天皇で有名な笠置山は、その笠置駅からすぐに東の道をのぼる。あまり知られていないが、笠置山のフォトスポットのひつとがこの笠置駅である。
「今昔物語」によれば、笠置寺の創建は大友皇子に関わり、あの良弁も東大寺の造営にあたり、この山に籠もって秘宝をおこなったとされるため、確実に奈良時代には遡る。
平安時代には弥勒信仰の霊場として吉野金峯山と並ぶ名を馳せ、鎌倉時代には興福寺の学僧貞慶が隠遁して弥勒信仰の中心道場としての地位を確立する。
東大寺の再興をプロデュースしたあの重源もここを訪れている。
後醍醐が東大寺別当聖尋を頼んでこの地に遷幸したのは鎌倉時代の終わりで、その後の合戦についてはよく知られている通りである。
しかし笠置寺の歴史はそれだけでは終わらない。その天然の要害としての立地ゆえ、足利義晴の時代(寒梅館に室町殿を再建した16世紀前半)には、「笠置城」として要塞化している(山城守護代木沢長政方の城?)。
春になったらGPSとデジカメを持って、今も残る歴史を求めて山を歩こう。

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