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2005年5月 5日 (木)

出町妙音堂弁財天

出町の商店街を東へ出て、下鴨神社へ向かって賀茂川を渡る直前の位置
説明板によれば、本尊の青龍妙音弁財天画像は、西園寺公衡の長女寧子が1306年に後伏見天皇の女御になった時に持参し、伏見離宮に祀られた西園寺家の第二伝の念持仏と言われる。
西園寺といえば最後の元老と言われた西園寺公望
戊辰戦争で会津を攻略、邸内に家塾の立命館を創設
伊藤博文の後継者として立憲政友会総裁
第一次内閣では鉄道国有化をおこなう
桂太郎と交互に桂園時代を築く
西園寺といえば元は公経が自らの山荘北山殿に建立した寺院。西園寺家が衰えるとその地は足利義満に渡り、やがて鹿苑寺が建てられる。現在の西園寺は1590年に現在の上京区に移転されたという。秀吉登場
公経と言えば源頼朝の姪を妻として、四代将軍の頼経は外孫にあたるという
承久の乱で一時拘束されるが、その後婿の九条道家と連携して権勢をふるう
もともと藤原氏北家の一流で通季(1090~1128)が始祖。家名はさきの西園寺。ちなみに今出川家はその庶家
伏見離宮は享保年間に河原町今出川下がるの出町北鴨口に移転され、本尊も移されたとされるが、伏見離宮は持明院のことか
平安時代後期にたち、鎌倉政権を支持した西園寺が後伏見以降は皇室の外戚として勢力を維持、その拠点となった室町北小路周辺に庶家である今出川家などが屋敷をひろげる
その結果北朝を背景にもった足利義満は今出川家の屋敷を譲り受けの室町殿とする、さらに義満の北山殿は西園寺の故地
今出川キャンパスの周辺は近衛とあわせて西園寺にも注目する必要がある
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