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2005年8月31日 (水)

古代国家形成過程について思う

古代学研究170が届いた。林日佐子さんが「公立博物館の将来」として、展示や活用についての意識改革を促している。賛成である。
韓国から帰ってきた坂靖さんが「韓国の前方後円墳と埴輪」を書いている。最初に書いているように、「問題の立て方」が非常に難しいテーマである。その点で坂さんは冷静である。従来より繰り返されている議論へ行かないための困難な道を意識している。
「古墳とはなにかという宿命的な課題に取り組み」「古墳の検討はもとより、遺跡や集落、居館などの遺構とそれぞれから出土した遺物の総合的な検討が必要」だということ。
寺沢薫さんが「古墳時代開始期の暦年代と伝世鏡論」を書いている。7年ほど前に年輪年代による弥生時代の実年代への問題提起があり、数年前に従来と異なった放射性炭素年代測定法(AMS)による縄文時代から古墳時代にかけての実年代への問題提起があった。なぜかその後あまりその結果をふまえた歴史説明を聞かないが、寺沢さんは、この問題提起に対して考古学の立場から正面切って立ち向かい続けている。
鋤柄の専門時代ではこの問題提起とまともにぶつかる機会が少ないめ、これまで発言をおこなうことが無かったが、見習わなければいけない姿勢と発言だと思っている。
「しかるに昨今の斯界の状況には、こうした実践的試練をかいくぐることなく、机上で他者の土器や鏡の編年研究の図表化された結論部分だけを安易に繋ぎ合わせて組み立てることに早急で、あたかもオリジナルな編年案と暦年代観の保持に立って考古学的な事象を東アジア的に位置づけたかのような議論が横行すると感じるのは私だけであろうか。」
同感である。リアル資料にこだわり、そこからの歴史情報の取得法を見直すところから始めて、歴史的な見方を模索し、鍛える。また寺沢さんも書いているように、自然科学的な方法との問題は関わり方である。これも鋤柄が「文化財解析」の中で最も重視している点である。
寺沢さんの鏡についての表記は、考古学的な表現法の手本である。国家形成過程の説明の全てに賛同はできないが、業界人なら皆知っている寺沢節とあわせて必読のお薦め。なお同号に大槻瓊士さんの「電気技術者から見た放射性炭素年代測定法の問題点」がある。

羽曳野市で全長50メートルの前方後方墳が発見され、「庭鳥塚古墳」と名付けられた。時期は古墳時代前期(およそ3世紀後半から4世紀)で場所は古市古墳群の南約2キロ。現地説明会は土曜日。大阪で埋蔵文化財行政に携わっていた者として興味深い。
なぜか。大阪の古墳時代は中期(およそ5世紀)以降の話題が多く、あまり前期古墳については語られてこなかった。
さっそく森先生の「大阪府史」をひらく。茨木市将軍山古墳、枚方市万年山古墳、茨木市紫金山古墳、和泉市和泉黄金塚古墳、岸和田市摩湯山古墳、久米田古墳群、池田市娯三堂古墳、池田茶臼山古墳、豊中市待兼山古墳、弁天山古墳群、枚方市藤田山古墳、交野市妙見山古墳、八尾市西ノ山古墳、柏原市玉手山古墳群、松岳山、羽曳野市御旅山古墳(22面の銅鏡)、富田林市真名井古墳、河内長野市大師山古墳など。データは豊富にあるが、やはり古市と百舌鳥の巨大古墳が有名すぎたからなのであろうか。

1999年の公開講座で川をテーマに話をしたときに、これらの古墳と大阪府下の主要河川との関係を説明したことがあり、その後府下のある高校で話をしたときに、地域を限定して古墳時代を調べなおしたとき、大阪の前期古墳ももっと調べてまとめ直せば、奈良県だけで語られがちな古代国家形成過程についても見直しができる気がした。ちなみに和泉黄金塚は、池上・曽根遺跡周辺の弥生集落との関係で見る必要がある。考古学のレポートというものが、あくまで限られた情報によって作られているということの確認と、大阪の古墳時代前期研究の進化を期待したい。
なお、言うまでもなく森先生は和泉黄金塚古墳を発掘して古墳時代前期の社会の研究と三角縁神獣鏡についても問題点を明らかにした。考古学者の履歴は遺跡の発掘調査によって語られるという典型である。

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