« 考古学と文化財解析とプロジェクト授業 | トップページ | 縁日へ行こう(北野の天神さん編) »

2005年10月24日 (月)

狩野元信邸を訪ねる

かのうもとのぶ は、文明8年(1476)から永禄2年(1559)に生きた人物で、室町時代後期を代表する絵師。
狩野派の基礎を確立した人物と言われる。
漢画・やまと絵・障壁画・絵馬・扇画などのさまざまなジャンルの絵画で合理的な工房制作をおこない、室町幕府から町衆までのひろい階層に受け入れられた。
その意味でクリエイターであったと同時に、室町時代の日本を代表するプロデューサー的な人物であったと言えよう。
鋤柄が学生時代、今出川を新町下がった東に体育館があって、一部のサークルのボックスもそこにあった。
現在その場所にはペアーレ京都という公共の施設がある。レストランや会議室や小ホールもあって、京都市考古資料館の講座もここでおこなわれる。そのペアーレ京都から新町通りを西へ渡ったところに細い路地があり、狩野元信の邸宅跡はその民家に囲まれた一角にあった。
GPS情報URL]
http://walk.eznavi.jp/map/?datum=0&unit=0&lat=+35.01.43.09&lon=+135.45.17.65&fm=0
彼の生きていた時代の後半は、ちょうど歴博甲本洛中洛外図と上杉本洛中洛外図の時代にあたる。足利義晴の将軍邸は寺之内小川から室町上立売に移り、その周辺には室町将軍を支えた細川系の人々が居住していた。
元信の家もその一角にあり、室町殿まで歩いて5分ほどでいける。父の正信は義政の肖像画を画など将軍家との関係が深かったが、この場所に立つと、狩野家と将軍家との関係の深さを、体で感じることができると思う。

« 考古学と文化財解析とプロジェクト授業 | トップページ | 縁日へ行こう(北野の天神さん編) »

上京」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 考古学と文化財解析とプロジェクト授業 | トップページ | 縁日へ行こう(北野の天神さん編) »