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2005年12月21日 (水)

終い弘法

今日、12月21日は、東寺の終い弘法である
京都の下京の人は、年末年始の支度をこの市を訪れることで始めるという
キャンパス京都プラザで文化史特論の講義を終え、教授会までの時間を利用して
東寺を訪れた

油小路を八条から下がって伏見稲荷の御旅所の北を西へ入る
空海の綜芸種智院(日本初の私立大学?)跡を通過して
大宮通りの東の門から入って南の脇門へ抜ける
おっちへ押されこっちへ押され
うわさどおりのものすごい人だかりである

ありとあらゆるものが売られ
なかにはきれいなテントが張られて足裏マッサージをしているところもあった
それにしても
京都の人は古着が好きなのか
一番のひとだかりはいつも古着やの前
天神さんに出ていたアンティークの同じ店もあった
サツマイモをスティックにしたものや
ホクホクのおまんじゅうを食べながら老若男女が
にぎやかにごったがえす

今日は文化史特論で平安京という古代都城が
中世の都市へ姿を変えるときのポイントを整理して話をしてきた
その時に前提としたのが平安時代終わりからみられる
左京の南北分化である

現在の2条以北と4条以南で
異なった町並みのまとまりがあって
それに対応するように、白河や法住寺や鳥羽や持明院があったというのが
鋤柄の考え方なのだが

北野の天神さんと東寺の弘法市が
それを現代に継いだ京都の北と南のバザールに重なって見えた
歴史って面白いと思う

・12月15日の読売新聞によれば、北山殿の廊下跡の礎石が見つかったと?
・川崎保2005「遺跡から見た古代・中世の千曲川の水運」『信濃』57-12
・高橋昌明2005『酒呑童子の誕生 もうひとつの日本文化』中公文庫
おもしろそうである


笠置山の発掘調査に対する鋤柄のコメントが京都新聞の1面と社会面で紹介されている

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