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2005年12月31日 (土)

伏見濠川と求肥巻

Photo28日、所用で伏見に寄ってから上京へ入る
年明けの文化史特論で秀吉の話をするが、その中で伏見にふれる
足利健亮先生の足跡をたどり、大手筋から濠川を渡る
東横堀ほどではないが、想像していたよりはるかに大きな川である
良く言われることであるが、伏見城下は大坂城下に劣らない広さをもっていたという
大坂城では8年間秀吉を見てきた、城下もひととおり歩いたつもりである
今年から聚楽第とつきあいがはじまった
そして伏見
来年は秀吉の目線でこの三カ所を体感してみようと思う

京阪で四条まであがり錦を歩く
過日の上京知恵袋の打ち合わせで京都のおせち料理の話になった
その中に初めて耳にする料理があってそれを確かめたかったため
料理の名前は「求肥巻き」と言う
呼び方は「ぎゅうひまき」、または「りゅうひまき」とも言うそうである
どんなものかと聞くと、ヒラメの生を昆布と挟んで軽く塩をしてそれを昆布で巻くという
あるいは甘酢でしめて、生姜を芯にして昆布でまくという
またそのままでは長いので切ってだすそうである
寺町から西へ向かって歩いていくと中程から先の5軒ほどで発見する
なるほど巻き寿司のような形をしており、いい値段が付いている

ところで「ぎゅうひまき」または「りゅうひまき」という名称が何を意味するものかと思い調べていたら
意外なところから「求肥」が登場してきた
マイペディアによれば、「求肥」は「ぎゅうひ」と読んで、「和菓子の一種。白玉粉をこね,強火で蒸してなべにとり,弱火で砂糖と水あめを入れながら練り上げる。牛皮に似るところからの名称という。色をつけ蜜豆に入れたり,餡あんを包んでうぐいす餅にしたりもする。」という。
なんでも敦賀には「求肥昆布」という銘菓もあるそうである
またあるサイトを見ていたら、「求肥昆布」の説明として、昆布を蒸して甘酢に漬けたものという説明もあった
ということは、「求肥巻き」の語源は和菓子の「求肥」にあったのだろうか
全くの思い違いかもしれないが、和菓子の名称をおせち料理にとりこんでしまう京の文化にあらためて感動
全くの思い違いかもしれないので、知っている人がいたら教えてほしい

買って帰ろうとも思ったが、この日は帰りが遅くなるので断念
31日に買おうと心に決めて上京へ
上京歴史探訪館webチームのTさんとWくんとNさんが
寒風の中、和菓子店の調査で出町から荒神口そして大宮あたりまで探索をしたので、寒梅館へ戻ったところでその話を聞く
彼らは皆、京・大和の出身だが、それでも歩いてみて京の新しい顔をしばしば発見したという
京は普通の町並みの中に、突然有名な史跡や和菓子店が現れ驚かされるという
京・大和の出身でもそうであるから、京・大和でない地域の出身者にとってみれば
京は驚きの連続に違いないと思う
ただし、ちゃんとした案内人がいないと気がつかないままで通り過ぎてしまうのも京である
本の勉強も大事だが、
自分の足で歩いて、自分の目で見た確かな知識を元にした勉強の面白さをどんどん会得していってほしいと思う

29日夜、難波を歩く。京とはまた違った年末の空気がある。
つくづく贅沢な空間で生活をしていると感じる。
いろいろなことだらけだった2005年が終わろうとしている
来年はいい年でありますように

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