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2006年1月 2日 (月)

求肥巻再び

Pict2592四条河原町のデパートで求肥巻を買って大晦日に食す
ひきつづき京の食に挑戦を続ける

森浩一先生の「食った記録」と一緒の三ケ日を過ごしている
前にも書いたが、これは森先生が1981年から2001年までの間
毎日、食べた食材を記録したものである
きっかけは、考古学の説明でなされる、たとえばそれぞれの時代の食の表現への臨場感へのこだわりだと聞いた
もちろん森先生の関心は食におさまるものではない
重要なことは、学問的な探求心としての臨場感へのこだわりである
それを自らの課題として実践し、20年間の記録にしてしまうすごさである
そんなデータ主義な現場へのこだわりを今年も続けていきたい

さて、「森浩一、食った記録」に掲載されているデータを一覧すると
それだけでも発見できることがたくさんある
まず項目であるが
1:米・穀類(1ページ)
2:豆類(1ページ)
3:野菜(3ページ)
4:茸・木の実(0.5ページ)
5:香辛料系(0.5ページ)
6:山菜など(1ページ)
7:果物(2ページ)
8:魚類(3.5ページ)
9:海草類(0.5ページ)
10:甲殻類・軟体動物(1ページ)
11:貝(1ページ)
12:淡水魚および淡水生物(1ページ)
13:卵・乳製品・虫など(0.5ページ)
14:肉類(1ページ)
である

一般的な感想としては
圧倒的に多いのが魚類と野菜であるのに対して肉類が少ないことだろうが
貝類や甲殻類の種類の多さが驚きで、さらに豆類の多さも新鮮である
単純な見方が出来るとするならば、種類だけならば、米穀類と豆類は同じ扱いになることになる
また貝類も淡水魚以上の扱いになるが、これは今の錦を歩いても実感できる
さらにそれ以上に思うことは
同時代に生きている人間でありながら
知らない食材がたくさんあること
逆に言えば
この国には、現在以上に豊富で豊かな食文化がつい最近まであったということ
そしてそういった記憶というものが同時代にあってもどんどん消え去っていくこと
その危機感をリアルに実感し続けることが歴史家としての必須の感性

さて今年の仕事始めとして
「森浩一、食った記録」に学びながら、その文化情報的な臨場感を描いてみようか

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