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2006年4月18日 (火)

唐古・鍵考古学ミュージアム2006年度春季企画展

阪急HDと阪神と村上FDのニュースが飛び込んできた
梅田はどうなるんだ
えらいこっちゃ
えらいこっちゃ

奈良盆地の中央に位置する唐古・鍵考古学ミュージアムで
平成18年度春季企画展「太子道の巷を掘る-保津・宮古の遺跡と文化財」が開催されている
2006年4月15日~5月21日である
もちろん日本を代表する弥生時代の大集落である唐古・鍵遺跡である
近鉄電車の橿原線を西大寺から南へ約20分
田原本の駅から北東へ歩いて約20分、国道24号線沿いを北上すると右手に広い駐車場と池と高楼が目に入ってくる
ミュージアムはその南で駅にはちょっと近い

筋違道とも呼ばれる太子道は、近鉄田原本駅の西を八木のすこし北から斑鳩へむけて、真北から西へ約22度傾いてのびる地割のことで、岡本宮と考えられる法起寺下層の建物群や若草伽藍と軸があい、関連はともかく『聖徳太子伝私記』には「須知迦部道」というフレーズがみえることなどから、斑鳩と飛鳥をむすんで聖徳太子が利用した道と伝わり、名前が今に生きているものです
整然とした条里地割が特徴の畿内平野においてきわめて稀な地割で
当然深い歴史の意味が考えられることになります

今回の展示はこの太子道に交差する東西の道(保津・阪手道)との交差点周辺を中心にしたもので
古墳時代は石上神宮の鉄盾に類似した木製盾がみつかり、飛鳥・奈良時代は官衙的な建物がみつかり、中世では常楽寺関係の遺構や「唐古南氏」や「金剛寺氏」の本拠の可能性がある館跡がみつかり、「道」との関わりの中で、長い時代を通じてこの場所が奈良盆地の中でも重要な役割を果たしていたことが想像されます

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