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2006年4月24日 (月)

牛山佳幸さんの「中世武士社会と善光寺信仰」『鎌倉時代の社会と文化』東京堂 に学ぶ

信州大学教育学部の牛山さんの研究に学ぶべき事が多くあった
おさらいと今後の検討のために、これまでの資料とあわせた整理をおこなってみたい

・大同4年(809)火災
・弘仁5年(814)火災
・天延3年(975)火災
・11世紀中期以降に石清水八幡宮寺および園城寺の末寺となる。源平の争乱は以仁王が源頼政と共に園城寺の僧兵と一緒に蜂起が始まりだが、善光寺の背後にあった戸隠顕光寺は比叡山の末寺だった
・天仁元年(1108)火災
・永久2年(1114)善光寺別当の従者が京都の法勝寺境内と乱暴
・九条兼実の弟の前大僧正覚忠(1118~1177)が善光寺に参詣
・元永2年(1119)宇治の平等院が船を用意して鳥羽天皇の中宮の藤原璋子(待賢門院)をもてなし、鳥羽北殿から船で出て、神崎(尼崎)にあそんでいるが、この時、善光寺別当清圓も一緒だった
・治承3年(1179)火災
・文治3年(1187)7月28日、源頼朝は、信濃国目代(比企能員(ひきよしかず):頼朝の乳母比企禅尼の養子で娘若狭局が頼家の側室となり一幡を産む:守護も兼ねる)宛てに善光寺再築工事を徹底させる
・建久2年(1191)10月22日、落慶を兼ねた再建の曼荼羅供養がおこなわれる
・建久8年(1197)源頼朝が大勢の御家人を率いて善光寺に参詣
・正治元年(1199)浄土宗の刈萱上人が西光寺を開く
・建仁3年(1203)比企能員が北条時政によって謀殺される
・北条泰時の弟の朝時(ともとき)(名越(なごえ)氏の祖)が修造事業をおこなう(金堂は東西7間、南北11間か)
・承元4年(1210)までに下野の長沼宗政が善光寺地頭となっている
・建保3年(1215)源実時の時代、更級郡布施御厨?の布施右衛門尉が奉行となって、善光寺の僧徒に絹布などを給与する
・承久3年(1221)頃、典型的な「善光寺聖」と言われる伊豆走湯権現の浄蓮房源延は伊勢を本貫とする御家人加藤景員の子
・安貞元年(1227)閏3月、知行国主の前大納言藤原(滋野井)実宣(さねのぶ)が銭500貫文を払った人に信濃の国務を与えると公募し、藤原定家が銭300貫文で請け負う
・嘉禎元年(1235)頃、京都市中で善光寺如来に道俗が群参して礼拝する騒動(明月記)
・延応元年(1239)北条泰時は小県郡小泉荘室賀郷(上田市室賀)の水田6町6反を善光寺に施入
・仁治3年(1242)名越朝時が鎌倉に新善光寺を建立
・寛元4年(1248)3月14日、名越氏が主導した造営落慶供養がおこなわれる(朝時の遺言でその子の光時らが大檀越)
・建長2年(1250)の九条道家の処分帖によれば、水内郡千田荘(長野市芹田)が善光寺に寄付されている
・建長5年(1253)北条泰時・朝時らの弟の重時が檀那となって修造総仕上げの供養をおこなう
・文永4または5年(1267または68)火災
・弘長3年(1263)北条時頼は水内郡深田郷(長野市箱清水)を買得し、水田12町を寄付
・文永2年(1265)4人の在地の御家人からなる奉行人が廃止される。(水内郡窪寺郷の窪寺光阿、小県郡諏方部郷の諏方部四郎左衛門、高井郡狩田郷東城村の桓武平氏、和田石見入道仏阿、水内郡平林郷などの領主に関係する原宮内左衛門入道西蓮。)
・文永8年(1271)一遍が北陸から越後国府(現在の上越市)を経て善光寺に参詣
・建治3年(1277)執権時宗の連署をしていた北条義政が、突如鎌倉を出奔して善光寺に参詣、その後出家。
・弘安2年(1279)一遍が二度目の参詣をおこなう。勧進聖の法阿弥陀仏は、念阿と道空という二人の勧進説法者を連れて35年間の活動を経、佐久郡落合の新善光寺に阿弥陀仏を造像したという
・正応3年(1290)大納言久我雅忠の女二条が7ヶ月間善光寺に滞在?
・永仁6年(1298)一遍の後継者の他阿真教が善光寺に参詣
・正安2年(1300)一山一寧が金刺満貞(得宗被官でかつ諏方下宮祠官)から善光寺を経由して滋雲寺へ招かれる逸話
・応永34年(1427)火災

・「後庁」は鎌倉時代には武蔵国と豊後国にあったらしい。鎌倉初期に頼朝の知行国だったところで、武蔵守の北条氏は鎌倉に居住してた。現地にあった代官の役所が「後庁」ではないか。筑摩郡の国府から在庁官人が出張してきていたが、基本的には対善光寺政策のための機関ではないか
・善光寺信仰の普及が、北条氏一門のなかでは、とりわけ金沢氏の所領内もしくは関係の深い地域に顕著
・法然の弟子の証空が善光寺参詣をおこなう。証空の孫弟子が一遍
・善光寺の参道および周辺に残る寺院で頼朝伝承を伝えるのは、十念寺・中御所の観音寺・茂菅の静松寺

牛山佳幸1996「中世律宗の地域的展開-信濃国の場合-」『信濃』48-9
牛山佳幸1991「善光寺創建と善光寺信仰の発展」『善光寺 心とかたち』第一法規出版
牛山佳幸1997「『善光寺縁起』の成長」『古代・中世人の祈り-善光寺信仰と北信濃-』長野市立博物館

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