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2006年5月13日 (土)

小山靖憲さんを偲ぶ

小山靖憲さんは
昨年の5月14日に亡くなった
64歳だった

和歌山県立図書館でおこなわれた追悼フォーラムには会場一杯の人が集まった
テーマは理論と実践の歴史家である
東京学芸大学の木村茂光さんが、小山さんの学びをふりかえり
和歌山大学の海津一朗さんがコメントをされ
和歌山県立博物館の高木徳郎さんと歴史館いずみさのの廣田浩治さんが報告をされた

小山さんは学部3年生の時に、史学史と現代の関わりの中で石母田正氏の批判を著し、中世史研究の新たな展開をすすめる中で、卒論と修論は中世の在地領主制論と村落論として、上野国と常陸国を対象に、絵図、地形図、地籍図、地名などをおおいに活用した歴史地理的な手法による村落の景観復原研究をおこなった
和歌山大学に赴任されたのは1971年
その前後から荘園制研究へ移行されたといわれ
有名な神護寺領かせ(木偏に上下)田荘絵図(伊都郡かつらぎ町)を基に、古代荘園から中世荘園への形成過程を「形態」論的に解明
8・9世紀の初期荘園から10・11世紀前半の免田・寄人型荘園へそして11世紀後半から12世紀前半に成立する領域型荘園である
有名な言葉がいくつもある
「相互に有機的な関係にある集落・耕地・山野河海をひとつの地域(領域)として支配する荘園」
「荘園制や領主制、あるいは村落共同体を抽象的に論じるのではなく、それらが展開する場に即して、より具体的に把握したい」
「私の研究は足で稼ぐフィールドワークが不可欠」

中世に生きていた人々の姿を、要素に分解して個々に研究することと共に、それらを(荘園制という支配制度・領主制度・内部の社会構成および構造など)有機的な関係でつないで、しかもそれを現地に即して再現してみせる(実際に現場力が試されるという厳しい研究法)という、まさに鋤柄が南河内の集落遺跡研究以来おこなっている研究と重なる
基盤とするところは文献と遺跡という違いはあるが、めざす本質はまったく同じである

小山さんは、この研究法を推進する中で根来や熊野そして日根荘の研究をリードされ、近年注目されてきた「文化的景観」研究に対しての重要な基礎を築かれたと思う

和歌山大学ではこの研究が継承され、そのひとつの形として海津一朗さんのチームによる「フィールドミュージアムみなべ 散策地図」が作成されている
鋤柄のチームでは昨年度のプロジェクトとして、上京の散策マップを作成したが、交流をすすめてみたいと思う

これまで遺跡復原は、模型でもCGでもジオラマの作成というイメージが強かったが、歴史的景観復原がめざすところは、まさに小山さん続けてこられた総体としての有機的な歴史現象の説明にある
ようやく歴史系諸分野のジャンルを越えて、その意識がひろがってきたように思う。
ご縁により、本学部に小山先生の膨大な蔵書の一部をいただくことができた。その成果を活かし、小山さんの研究を継承し、それを鋤柄的な形で発展させていくことが責務だと考えている。

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