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2006年6月13日 (火)

淀をあるく

淀をあるく

淀と言えば、京都競馬場を思い浮かべるか、はたまた、織田信長の妹のお市の方と北近江の浅井長政の長女として生まれ、豊臣秀吉の側室となって秀頼を産んだ淀殿にちなむ淀城を思い浮かべるか
人によって場所に対する思いは様々であろう

しかしこの場合、正確に言えば、現在、京阪電鉄の淀駅(現在の淀駅は、高架工事のため、大阪方面と京都方面の場所が違っていて(大阪方面の淀駅は、元の淀駅から東へ移動した京都競馬場のすぐ北にある)、ここで言うのは元々の場所にある京都方面の駅の方)の北見える淀城は、その淀殿にちなむ淀城ではなく、元和9年(1623)に松平定綱によって造られ、永井尚政によって拡張され、寛永3年(1626)には上洛した徳川家光の居所となった城である。

それでは淀殿の淀城はどこにいったのかというと、現在の淀城から北東へ500mほど京阪国道に沿っていった先の、納所という場所にあったと考えられている。
京阪国道の「納所」の交差点から北東へ歩いていくと、納所の団地に建つ高い塔が見えてくるあたりに、草の生い茂った川が流れており、その脇に古淀城の石碑が立っている。淀殿の淀城は、南をこの川に、東をさらにその先をほぼ直角に流れている川に、そして北西を鴨川で囲まれた三角形の地区にあったとされ、現在その地区の北に「納所北城堀」、西に「淀水垂町」という地名が残っている。
なお、この地区内の北よりの高まりに天徳寺というお寺が建つ。
この淀城は、管領細川政元が築城したものを秀吉が改築したとも言われるが、詳しいことはわかっていない。

さて、それではこの淀城がなぜ今の淀城と違うのかというと、秀吉の伏見築造に際して、淀川水運の交通路を伏見に一元化するために、宇治橋ルートと共に、秀吉が破却した結果だという
これは、足利健亮先生の研究で明らかにされた有名なエピソードであるが、淀という場所の意味を知る上できわめて重要なエピソードと言える

秀吉時代という近世への扉がひらきかけた時期においても、水上交通はそれだけ重要視されたインフラストラクチャーだったのである
もちろん近世における沿岸航路の発展を軽視するものではないが
秀吉をさかのぼる古代・中世において、水上交通は一層現在の高速道路のトラック輸送や航空運輸に匹敵する流通の最大のインフラストラクチャーだったとみていい
その点で淀という場所は、とくに平安時代以降、内陸都市だった京都へ西国からさまざまな物資を運び込む際の、最大の窓口だった
当然その場所をめぐるさまざまな権益が入り交じり、淀はその度にその時代にあわせて姿を変えてきたことになるのである
さらにその地理的な環境が、木津川と桂川と鴨川と宇治川と巨椋池という南山城の全ての河川体系の終結するところだったゆえ、その自然力によっても、淀はその度にその時代にあわせて姿を変えてきたことになるのである

たとえば、淀を歩けばすぐに気のつくことではあるが
淀は今でも3次元の空間なのである
淀本町の商店街を北へ抜けた先に京阪国道の「納所」の交差点があるが、この交差点から東北へ向かって歩くと、道の両側がやけに高いことに気づく
地図をみれば、この道と交差する形でほぼ東西に軸をもった地割りのあることがわかる
この地割りがいつの時代のものなのかはわからないが、おそらくその南を西に流れていた木津川か巨椋池の出口の自然堤防が成立の原因で、「納所」の交差点を通る京阪国道は、その自然堤防を断ち割って走っていることになる
さらに、今度はその交差点から京阪電鉄の淀駅へ向かう本町の商店街の入り口にも低い高まりがあって、その先は駅へ向かって下降しているため、おそらくこの高まりが旧流路の反対側の自然堤防にあたると思われるのである
淀を歩くと、そんなこまかな地形の起伏にいたるところで出会うことになる
・京阪電車の淀駅を降りて南西にむかう淀下津町の街道は見事にその両脇が下がった盛り土の上にある。
・この街道をさらに南西に進むと、細い水路を渡ったところから急に下り坂となって、約300m平らな道が続き、その先で再び上り坂になる。この低い約300mの区間が、明治初年まで木津川だったところ、江戸時代以前の木津川の河床なのである。この体験はちょっとした感動もの

淀という場所は、そんな自然的な要因と社会的な要因が縦横無尽に入り組んだ、構造的にも物理的にも3次元の空間なのである
ゆえ、その実態は驚くほどわかっていない
数年前から石清水八幡宮の門前としての淀を考えてきていた
宝徳元年(1449)の地震では淀大橋が崩れたというが、関係するだろうか
今年、再びそれをつめてみたいと思っている

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