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2006年6月11日 (日)

ちょっとMANDARA

これまで何度も言ってきたことだが、森浩一先生の「遺跡学」を鋤柄的に展開させる大きなキーワードが遺跡(歴史)情報の数量化についての考え方を進めることであると考えている

これまでいろいろなところで言ってきたことだが、弥生時代以降のさまざまな現象の変化を前提として、ある時期の安定した社会が次の安定して社会へ変化した時の、それを決定した諸要因の組み合わせや因果関係はなにか
そのメカニズムがどのような歴史情報のどのような作用によって生み出されたものかを、先学の研究をふまえた上で、これまでより(客観的というよりも)総合的に説明提案すること
(ちょうど、現在、文化情報の2回生のあるクラスでは、そのとてもプリミティブな課題に挑戦している)

そのために必要なことが、場所にこだわった遺跡(歴史)の見方であることは言うまでもないが、どの要素にどんな重みを付けるとその変化のメカニズムをうまく説明できるのか
(これまでの先学が目指してきたように)これは一筋縄ではいかない
Aという遺跡から青磁碗が見つかった場合とBという遺跡から同じ青磁碗がみつかった場合でも、数量化といってもこれまでおこなわれてきたように、それらに同じポイントを与えるわけにはいかない
出土状況によってそれらがもっていた意味は異なるからである

一見すると似たようには見えるが、地理情報システムの考え方による研究がいわゆる分布と最も異なる大きな点がここにある
そしてこれがこれからの遺跡・歴史研究が必ず目指さなければならないテーマであることも、今やその最も鋭敏な人たちはわかりきっている

地理情報システム(GIS)のソフトはそのために繰り返される試行錯誤を強く支援するものと、現在はみている
今年度は、その具体的な検討を鳥羽離宮跡を対象にしっかり考えていきたいと思っているが、その試みを、埼玉大学の谷謙二さんが作成した地理情報分析支援システムの「MANDARA」というすぐれたソフトに載せてみた
http://www.geocities.jp/sukigara_toshio/labo/gis/isekihenka/index.html

ベースマップは国土地理院が試験公開している数値地図2500である
調査地点のポイントは合っているが、データの重みはダミーである
谷さんとは以前に日文研でお会いするチャンスがあったのだが、スケジュールが合わず会えなかった。とても残念
しばし、この優れたソフトで試行錯誤をすすめてみたい

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