« 善光寺門前について考えるための参考文献 | トップページ | 物部氏と長野氏と金刺氏と信濃 »

2006年7月23日 (日)

観光都市京都

久しぶりの好天に恵まれた。
京都は祇園さんの山鉾巡行が終わって一息ついていると思ってバスに乗れば、還幸祭の交通規制の予告が貼りだしてあって、思わず30年近く前を思い出す

京田辺の部屋を早々に出て、善光寺門前の遺跡についての短い原稿の準備で龍谷大学と立命館大学の図書館をまわる
興戸の駅で久しぶりに0先生と会って四方山話をしているうちに京都駅に着く
龍谷大学の大宮校地図書館は七条大宮を上がった場所にある
十分歩ける距離なので塩小路へ出て関電ビルの脇を七条に上がる
大分前から鎌倉時代の京都の風景として七条町と八条院町の話しをしているが
思えば七条新町の交差点をそのつもりで見たのは今日が初めてだろうか
もちろんバスに乗って通り過ぎたことは何度もあるが
やはり歩いて立ち止まって見ないことには見えるものも見えてこない
率直な感想は「新町通ってこんなに狭いんだ」
平安時代後期の面影を探して周りを見回しながら歩くが
もちろんそれと気づくものは無い
けれどもこの場所に藤原定家の時代、海内の財宝が満ちあふれていたと思うと
リアル世界とバーチャル世界が混濁してなにかとても不思議な気になる
これはオタクの気持ちに近いのだろうか

閑話休題
龍谷大学図書館は外観も内装も、とても重厚で雰囲気のある図書館である
去年改装されたばかりだそうだが、歴史と未来の共存する大英博物館の図書室のような空間だった
そこで坂井衡平さんの『善光寺史』を読む
知る人ぞ知る未完の名著である
名著の意味については、ぜひ吉原浩人さんの「坂井衡平-「今昔物語集」と善光寺史の輝かしい研究」『国文学』57-8を読んでもらいたいが、それを知らなくとも、この著作が善光寺に関わる歴史情報を徹底して総合した並外れた内容をもった歴史書であることはすぐにわかる
総合研究としての歴史書というものは確かに存在するのである
文化情報学部における鋤柄の目標のひとつがまた増えた
あまりに居心地が良いので時間を忘れそうになったが、次の予定を考えて再び夏の七条大宮に出る

七条大宮から七条堀川まで出て、さて、立命館にはどのバスに乗ったらいいのだろうかとバス停で行き先を覗き込む
思えばおきまりの路線以外の市バスに乗るのは修学旅行以来だと気づく
たしか30年前、修学院から銀閣寺へ向かうバスがわからず、おおいに迷ったことがあった
そんな頃にもどっていくつかのバス停を渡り歩いてなんとか205に乗れば行けそうだということがわかる
考えてみれば京都観光の旅行者は常にこの緊張感の中にあるということになる
どのバス停からも目的地への的確なルート表示ができれば、リピータの増える京都観光がもっと人気になるのではないかと思う
これもきっと携帯ツールに期待される役割だろうといつもの癖で思ってしまう
工夫すればもっともっと良くなることはまだまだある

立命館大学を出て59番で寒梅館へ向かう
バスの中は、市バスの経路図や京都の観光マップや立命館の校内図をもった観光客(外国人も)や大学見学の人たちで一杯
上京区役所で降りて、例によってイケメンで遅いランチをとりながらMさんにひょんなことで入手した五辻斉院の資料を渡す
ひょんなことで8月に根来寺と高田土居の勉強をすることになったが、その関連資料を探していて国会図書館西館でみつけたもの
日々の問題意識と持続する探索の大切さをあらためて思う
その後久しぶりに今出川図書館で、久しぶりに静かな思索の3時間を過ごす
見知った学生くんを3人みかける
歩いて調べて整理して読んで考えて
皆頑張っているようだ

« 善光寺門前について考えるための参考文献 | トップページ | 物部氏と長野氏と金刺氏と信濃 »

京都」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 善光寺門前について考えるための参考文献 | トップページ | 物部氏と長野氏と金刺氏と信濃 »