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2006年8月12日 (土)

大安寺と杉山古墳

今日は薄曇りでいつもよりは陽射しが優しいので、LISMOにさだまさしを詰め込んで、自転車で奈良県立図書情報館へ行くことにした
トトロの森を駆け下りると秋篠川の九条に西市の船着場跡碑が建っている
場所は平城京のインフラを構成した秋篠川と佐保川の合流ちかくにあたる
なるほどなあ、と、思いながら佐保川沿いに北へ向かう

柏木町の交差点の西まで来くると、左手前方に奈良市の埋蔵文化財センターが見え西は薬師寺東は大安寺の標識
薬師寺は何度も行っているが、大安寺は道が狭いのでこれまで一度も行く機会がなかった
寄り道にはなるがこれは行かねばと東へ向かう

国鉄の踏切を越えるとまもなく信号のある交差点で、ここから西は思いっきり旧道の狭い道
標識に従い南に折れ、大安寺の集落を回避するように南へまわりこむと、まもなく左手にCa330005 大安寺の南門が見えてくる

大安寺は南都七大寺の一つで南大寺とも呼ぶ。起源は聖徳太子の熊凝精舎(くまごりしょうじゃ)と言われ、百済大寺と高市大寺(大官大寺)を経て藤原京で大安寺に。規模は15町で最澄・空海なども関わる
Ca330010 調査によって、現在の境内の北東を中心に僧坊や南大門などがみつかり、南に塔跡の基壇が残る
そのまま北へあがり元の道へ出て、さらに少し西へもどって北の小路を行くと、右手に杉山古墳への入り口が見える
杉山古墳は中期(5世紀後半)の前方後円墳で、奈良時代には南の前方Ca330013 部に6基の瓦窯が築かれ、大安寺の瓦をつくっていたものと考えられている
古墳は一部葺石も含めて丁寧に整備されており、一角に瓦窯も復原展示してある
墳丘に登り西を見ると宝来山古墳と生駒山を見通すことができる
Ca330014 奈良時代の寺院造営についても、古墳時代の社会についても学べる優れた遺跡公園である

奈良市内の古墳といえば、平城宮北側の佐紀盾列古墳群と西の京の宝来山古墳が最も有名で、それ以外はあまり知られていないが、若草山山頂には鶯塚古墳が、奈良教育大学構内にも吉備塚古墳があって、実は宝来山古墳も西からのびてきた丘陵縁辺に立地しているため、現在の奈良市中心部をとりまく周辺の丘陵縁辺は、古墳時代において標準的な墓Ca330019 域だったと見ることができる

その点この杉山古墳は、その東にある墓山古墳・野神古墳とあわせて平野部に独立して築かれたように見える
身近なところにも考えなければならないことはたくさんある
Ca330018

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