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2006年8月28日 (月)

平安時代の距離感覚

『延喜式』の巻26主税(上)の「諸国運漕雑物功賃」に非常におもしろいデータが載っている
與等の原稿を書くために、国会図書館から延喜式をダウンロードして読んでいたら思わず別の仕事になってしまった
『延喜式』は、養老律令の施行細則を集大成した法典で、醍醐天皇の命により905年編集に着手して927年に完成しているが、その時の標準的な諸国からの運送料の基準値である
なお701年の大宝律令で整備された租の率が1段の収穫50束に対し1束5把で、収穫の約3パーセントと言われてるが、最も運送料の低い山城の数値が、これと同じになっている(10把=1束)

1、畿内
 ①山城(稲1束5把/駄)
 ②大和・河内・摂津(3)
 ③和泉(5)

2、東海道
 ①伊賀(6)
 ②伊勢(12)
 ③志摩(18)
 ④尾張(21)
 ⑤三河(33;海路は米1石あたり稲16束2把)
 ⑥遠江(35;S23)
 ⑦駿河(54)
 ⑧伊豆(60)
 ⑨甲斐(75)
 ⑩相模(75)
 ⑪武蔵(80)
 ⑫安房(100)
 ⑬上総(100)
 ⑭下総(90)
 ⑭常陸(100)

3、東山道
 ①近江(2)
 ②美濃(12)
 ③飛騨(45)
 ④信濃(66)
 ⑤上野(90)
 ⑥下野(105)
 ⑦陸奥(210)
 ⑧出羽(131)

4、北陸道
 ①若狭(10.5;S勝野津(高島市)から大津までの船賃は米1石あたり1升、舵取り代4斗(0.4升)、水手代3斗。ただし舵取り1人、水手が4人で50石の米を漕ぶ場合)
 ②越前(24;S比楽湊(白山市の手取川河口)から敦賀津までの船賃は1石あたり7把、舵取りは40束、水手20束。ただし舵取り1人、水手が4人で50石の米を漕ぶ場合。加賀・能登・越中は同じ。敦賀から鹽津(西浅井町)までの駄賃は米1斗6升、鹽津から大津の船賃は2升、屋賃は1升、舵取り6斗、水手4斗。大津から京への駄賃は8升。)
 ③加賀(24)
 ④能登(78;S加島津(七尾市?)から敦賀津までの船賃は2.6束、舵取り70束、水手30束。「敦賀から鹽津(西浅井町)までの駄賃は米1斗6升、鹽津から大津の船賃は2升、屋賃は1升、舵取り6斗、水手4斗。大津から京への駄賃は8升。」)
 ⑤越中(78;S亘理湊(新湊市)から敦賀津までの船賃は2.2束、舵取り70束、水手30束。「敦賀から鹽津(西浅井町)までの駄賃は米1斗6升、鹽津から大津の船賃は2升、屋賃は1升、舵取り6斗、水手4斗。大津から京への駄賃は8升。」)
 ⑥越後(105;S蒲原津湊(信濃川河口)から敦賀津までの船賃は2.6束、舵取り75束、水手45束。ただし水手は1人につき8石を漕ぐ。「敦賀から鹽津(西浅井町)までの駄賃は米1斗6升、鹽津から大津の船賃は2升、屋賃は1升、舵取り6斗、水手4斗。大津から京への駄賃は8升。」)
 ⑦佐渡(108;S國津(佐渡市松ヶ崎)から敦賀津までの船賃は1.4束、舵取り85束、水手50束。「敦賀から鹽津(西浅井町)までの駄賃は米1斗6升、鹽津から大津の船賃は2升、屋賃は1升、舵取り6斗、水手4斗。大津から京への駄賃は8升。」)

5、山陰道
 ①丹波(3、氷上・天田・何鹿郡は10束)
 ②丹後(21)
 ③但馬(24)
 ④因幡(36;S京まで14.53)
 ⑤伯耆(32)
 ⑥出雲(39)
 ⑦石見(90)
 ⑧隠岐(180)

6、山陽道
 ①播磨(15;S與等津までの船賃は1束、舵取り18束、水手12束。與等から京までの車賃は5升。ただし舵取り1人、水手2人で米を50石漕ぶ場合)美作・備前同様
 ②美作(21、ただし備前国片上津までの駄賃は5束)
 ③備前(24;S與等津までの船賃は1束、舵取り20束、水手15束。「與等から京までの車賃は5升」)
 ④備中(24;S與等津までの船賃は1.2束、舵取り13束、水手20束。「與等から京までの車賃は5升」ただし舵取り・水手で米10石を漕ぶ場合
 ⑤備後(33;S與等津までの船賃は1.3束、舵取り24束、水手1人で米10斛を漕ぶ。「與等から京までの車賃は5升」)
 ⑥安芸(42;S與等津までの船賃は1.3束、舵取り30束、水手25束、ただし水手1人。米15石を漕ぶ場合。「與等から京までの車賃は5升」)
 ⑦周防(57;S與等津までの船賃は1.3束、舵取り40束、水手30束。「與等から京までの車賃は5升」ただし舵取り1人、水手2人で米50石を漕ぶ場合。長門同じ)
 ⑧長門(63;S與等津までの船賃は1.5束、舵取り40束、水手30束。「與等から京までの車賃は5升」)

7、南海道
 ①紀伊(12;S與等津までの船賃は1束、舵取り12束、水手10束。「與等から京までの車賃は5升」)
 ②淡路(12;S與等津までの船賃は1束、舵取り12束、水手10束。ただし舵取り・水手が米8斛2斗を漕ぶ場合「與等から京までの車賃は5升」)
 ③阿波(27;S與等津までの船賃は1.1束、舵取り14束、水手12束。ただし舵取り・水手が米10斛を漕ぶ場合「與等から京までの車賃は5升」)
 ④讃岐(30;S與等津までの船賃は6.3束、舵取り20則、水手16則。ただし舵取り・水手が米10斛を漕ぶ場合「與等から京までの車賃は5升」)
 ⑤伊豫(30;S與等津までの船賃は1.2束、舵取り30束、水手25束。ただし舵取り・水手が米10斛を漕ぶ場合「與等から京までの車賃は5升」)
 ⑥土佐(105;S與等津までの船賃は2束、舵取り50束、水手30束。ただし舵取り・水手が米8斛を漕ぶ場合「與等から京までの車賃は5升」)
 ⑦太宰府(S博多津から難波津までの船賃は5束、舵取り60束、水手40束。「京までの車賃は5升」)

この数値を元に手間賃からみた距離感をはかれば、京に一番近いのは近江の2で、次が畿内の隣国となり、大きく(太陽系の惑星と同じように?)8つのエリアに分けられそう

第1エリア(1~6)は近江・大和・河内・摂津・丹波・和泉・伊賀
第2エリア(10~18)は若狭・伊勢・美濃・紀伊・淡路・播磨・志摩
第3エリア(21~24)は尾張・丹後・美作・越前・加賀・但馬・備前・備中
第4エリア(27~42)は阿波・讃岐・伊予・伯耆・三河・備後・遠江・因幡・出雲・安芸
第5エリア(45~66)は飛騨・駿河・周防・伊豆・長門・信濃
第6エリア(75~80)は甲斐・相模・能登・越中・武蔵
第7エリア(90~105)は下総・上野・石見・安房・上総・常陸・下野・越後・土佐・佐渡
第8エリア(131~210)は出羽・隠岐・陸奥

Engiunso このエリアと現在の地理上距離との関係をみるために、ゼンリンのデジタルマップのルート検索で自転車による推奨ルートの距離をそれぞれの国府推定地まで測ってみると、グラフのように、基本的に物理的な地理距離と対応していることがわかる

関東の語源になった3関はそれぞれ若狭・美濃・伊勢にあるが
みごとに第2エリアがそれに該当している
あわせれば、畿内中心部の縁辺としての西が播磨で南が紀伊にあたることになるが、これもリアリティのある感じだ

第3エリアはその周縁部にあたり、東は愛知、北は石川、西は岡山となっているのもうなずける

第4エリアはさらにその外郭であるが、おもしろいことに、三河以外はすべて西国で、山陰と広島と瀬戸内に面した四国である
やはり海上交通を利用したネットワークの有利さが、このエリア群をつくったものであろう

第5エリア以降は比較的素直に実距離を反映したものに見える
第5エリアでは東が東海道の静岡、西が山陽道の山口と均等に分かれ、第6エリアは北陸道の富山、東海道の山梨と東京と言ったようにやはりきれいに分かれる
さらに第7エリアは関東の奥へ進んでいくのだが、この中でなぜ石見がここにあるのかはわからない
石見の文化は北部九州の影響が強いが、あるいは流通についても同様なことが言えるのだろうか

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