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2006年11月28日 (火)

city再び(26日)

この時期のロンドンの天気は確かに変わりやすい
いや変わりやすすぎる
イギリス紳士にコウモリ傘は必須のアイテムだが
この天気を体験すれば当たり前
さらにロンドン子たちは、この時期の雨などものともせず
普通にヤッケを頭から被ってぬれて歩く
風邪をひかないのだろうか

とは言え、今日の天気予報はSUNNYだったのに朝から雨
さすがに夜のBBCのお天気キャスターは顔をしかめてあやまっていた
なんでも突然強い低気圧がアイルランド南西海上に出現し
その雲がロンドン上空にかかったという
明日は雨模様で風も強いという
まあ普通か
暖流と寒流がぶつかるところで、
しかも季節がどんどん変わっていく時期なので予想は難しいのだろう
ちょうど冬の北陸で傘が手放せないのと同じ状況ではないだろうか

26001 ということで、天気予報を信じて雨の合間を縫ってホテルを飛び出し
3day travel cardを買ってpiccadilly lineでholbornへ
ここからholborn st.を東へ歩きcityへ向かうつもり
ところが交差点で方角がわからず、
決めて歩き出した道が北へ向かうsouthampton ROW

目印を求めて途中で右に折れたらQueens sq
しかし地図を見てもわからず、戻って少し行くと左手に広い公園
26002 これがrussell sqでようやくどこにいるか掌握
この先はBMではないか

なんとか道をもどしてholbornにやってきたらいきなりの大雨
なぜか「祭」という看板のでているビルの次で雨宿りをするも雷もなってきて
ついに予定を変更してもよりのBMへ

26004 BMはもちろん3年前にも来ているが
まともに見て回ったらきりがないので天気と相談しながら
中世のヨーロッパとギリシア・ローマをめぐる
これは12月1日の授業用教材

それにしてもどうして人はミイラが好きなのだろうと
エジプトを通過しながら思う
ロゼッタストーンは、あまりの観客の多さに
奥まった場所から入り口正面に場所を変えていた
それから2階のヨーロッパ室の奥に「時計」の部屋ができていた

例によって昼を食べることなく午後になって表に出る
まだ少し小降りの中、今日はあきらめてVAへ行くか
がんばってcityへ行くか迷う
とにかくtubeまで出ようと歩き出すとなんとなく空が明るくなってきたので
例によって勢いでcityへ向かう

途中おしゃれなパン屋を発見
ロンドンではあまり見かけない店
chanceryをすぎると、最初のモニュメントであるステイプル・イン(室町時代)
26030 holborn circusをすぎると道の両側に欄干
なにかと思って外を見下ろすと、はるか下をfarindon rdが交差して走っている
小島さんが書いているように、これがかつてのフリート川に違いない

26040橋をわたるといよいよ市壁に囲まれた旧ロンドン あのcity
左手に古い教会が見えたのでそちらに渡ると、その北がセント・バーソロミュー病院
宮崎アニメに登場するような細くて曲がりくねっている石畳の道を登っていくとロータリーに 出て、その南東が病院で、東がst. bartholomew the geat
狭い潜り戸をぬけると古い建物が姿を見せる

ロータリーにもどり北をみると大きな尖塔
26044 12世紀までさかのぼるロンドン最大の食肉市場とのこと
ここをさらに北へ行くと、江戸時代に多くの職人が住んだというcleakenwell
だが先を急ぐので南へおりてst.paul's cathedralへ
途中、みごとなcityの紋章があったので撮影

26047 セント・ポール大聖堂は、サクソン人が604年に築いた教会にさかのぼるというから飛鳥寺か
その後1087年に焼け、16世紀の絵地図には、現在のような丸い塔ではなく
尖った塔が描かれている
1666年のロンドン大火で焼け、1708年に現在の形に
復興設計は有名なクリストファー・レン
入り口は西側で圧倒される威厳
回転ドアから中に入るとおごそかなパイプオルガンの音が聞こえ、しばし敬虔な気持ちに
ここでmapをチェックし、東端まで行く時間が無いので
ウォールブルック川沿いにロンドン橋をめざす

まずは北からとbarbicanへ
1097年に建ったセント・ギルズ教会を囲んでつくられた集合住宅と諸施設のかたまりで
その一角に市壁があるという
実はロンドン博物館の北隣にあたり、ロンドン博物館の東庭にある市壁につづく北辺の市壁と櫓とそれからなんとゲートも残っている
保存が決まった時のままに残されているため
26072 断面の見えるところは、心材の角礫とモルタルの様子もよくわかる
説明板の一部が欠け、ゲートは草が生えていたが
なにより残っているだけで十分存在感があってうれしい

日曜なので行き交う人はほとんどあらず、店も閉まっているのでとても怪しい人物に見えたのではないだろうか
市壁をすっかり堪能した後、ギルドホールの南を通ってモアゲイトから王立取引所(室町時代)を横目で見ながらking william stを抜けロンドンブリッジに着く
26088ローマ時代以来、この橋をめぐって様々な歴史が生まれた
12世紀後半に石の橋になった後はその上に民家や商店がならびにぎわったと言い
本来とても感慨深いはずなのだが、まわりがすっかり都会化しており感じることは少なかった

16時を回る 16時半になるともう暗くなるので、キャノンst沿いの史跡を見ようと急ぐ
26098途中で教会をひとつ確認してキャノンストリート駅までくるとその先の通りが急に下っている
これがまさにウォールブルック川の痕跡である
ロンドンの中世はけっして埋没しているわけではない
セント・メアリ・ボウ(地下聖堂は11世紀)など鎌倉時代の教会を3つ確認してセントポールまで戻りフリートストリート(インクの街)を西へ進む

今日の最後の目標はtemple
CITYとウエストミンスターの中間のニュートラルな場所として
2つの法学院がテンプルという独特の空間をつくっているという
なおその向かいにあるがの王立裁判所
ここから通り名はストランドに変わる
時間は4時半をまわってすっかり夜
そのままストランドを西へ歩き、通りの真ん中にある教会に驚きながら
SOMERSET HOUSEの中につくられたリンクにも驚きながら
チャリングクロスの駅に着く

大英博物館を出て、それでも6キロほどだろうか
入り組んだ小径も通っているのでもっとかもしれない
イギリスで最初の国語辞典をつくったサミュエル・ジョンソンは
「ロンドンに飽きた人は、人生に飽きた人だ」という有名な言葉をのこした
この言葉はそのまま京都にも通じるが
そのひとつの特徴は大路と小路の絶妙な組み合わせが生み出す発見や驚きの相乗効果だと思う
それから、その後の大開発でその姿を追うことはとても困難ではあるが
cityは実はとても起伏のある街だ
結局午後は晴れた

ロンドンの天気のきまぐれは午前中の話なのだろうか
見事、予想通りに午後から晴れた

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