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2006年11月23日 (木)

鳥羽とロンドン

来年度から始まる新しい授業のために明日から29日までロンドンへ
テーマはもちろん中世都市と歴史遺産活用としての博物館
2003年に行ったときには、ストーンヘンジとバースとケンブリッジともちろん大英博物館とロンドン博物館などをまわった
今回はロンドンの中世的景観の復原をテーマにしているので、ロンドン博物館を拠点にじっくり街を探索してみたい
テキストは
ヒュー・クラウトの「ロンドの歴史地図」
この地図はとても良くできてきて、ロンドンの立地が京田辺キャンパスのある普賢寺谷と非常に似ていることがわかる
クリストファー・ヒバートの「ロンドン」
そして鈴木博之の「ロンドン」
それから歴博の小島さんのロンドン博物館めぐりのサイト
まずはピカディリー・サーカスのジャパンセンターへ行って現地の地図を買い
ホテルのあるハマースミスのスタバでipassのローミング試験
うまくいけばロンドンブログライブを
持って行くのはモベルの携帯とデジカメ2台とGPS
それから鳥羽の原稿とデータがしっかりつまったLOOX

平等院鳳凰堂が築かれる11世紀中頃以降
ロンドンではエドワード懺悔王による整備がすすみ
それがその後のロンドンの町作りに大きな影響を与えたという
エドワードは後になってウエストミンスターと呼ばれるようになった地区に
新しい修道院と立派な境界を建立し、さらにそれに隣接してあたらしい王宮をたてた
その場所は、セントポール大聖堂の北東で、ギルドホールの近くにあたるオールダーズゲイトの旧王宮から離れた、市壁の外に位置する
その後もエドワードのノルマン王朝の後継者達は、王政庁の中心地としてウェストミンスターの開発を続けたという
あたかも鳥羽離宮のように
京都から、中世都市の原型につながる新しい王の居所が姿を現した頃
ロンドンでも同じような動きがあったことになる

また、後白河上皇が現在の国立京都博物館周辺に法住寺殿と蓮華王院をおいて実施的な院政期の京都の中心としたころ
ウィリアム・フィッツ・スティーブンは詳細なロンドンの記録を残したという
その面影を残す城跡が発掘でみつかっているとのこと

関空から12時間、LOOXのバッテリがもつあいだに鳥羽の原稿をできるだけ仕上げて
それから、いざ中世のロンドンへ

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