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2006年12月25日 (月)

終い天神-学生君たちに読んでもらいたい本-

Dsc00153の由来がいつからどこにあるのか知らないが、終い弘法と並んで有名な京の年末の風物詩
以前にも書いたが、寺社の境内でおこなわれるフリーマーケットの場所が北野と東寺であるということはとても面白い
直接つながるかどうかはわからないし、まだあまり注目されてはいないが、北野は中世前期に溯り、淀の神人と連携して「上の洛中」の文化と経済の中心となった場所
(できれば来年は北野の境内もテーマにしたい)
一方「下の洛中」には伏見や祇園も深く関わるが、東寺はもちろん洛中で最大の宗教勢力であり、さらに京の七口のひとつとして洛南から京に入ってくるすべての経済をおさえられる位置にあった
(馬田綾子さんの話しをもう一度聞いてみたい)
その点で言えば、やはり秀吉の土居堀の範囲が北大路を越えるのは、なにか普通の理由では説明できないものがあるからだと思う
(それを確かめに、1月末か2月にソウルへ行きたいが、行けるだろうか)

そんな「上の洛中」で生まれた同志社大学のキャラクターについて
西の大先輩からとても良い本を教えてもらって読んだ
岩波新書の『ラグビー・ロマン』という、同志社ラグビーの黄金時代を築いた名指導者の岡仁詩先生を描いた後藤正治さんの書である

岡先生には学部の体育の授業で教わったことがある
学生とラグビーをこよなく愛し
リベラルで、合理主義者で、新しもん好きで、ハードボイルドで、弱音をはかず、リーダーとして自ら先頭に立つ
学生との格闘の中で、押しつけではなく、提案をしてその説明をしっかりして
(とにかく話しが長かったそうである)
学生の判断と自主性を尊重する
「人はだれも、頭を打ち、失敗を重ね、さまざまに体験を重ねるなかで変わり得る」と思っており、「<学生>とは学んで新たに生まれいずるもの」と書くと、本気で信じているロマンティスト
良い言葉だと思う
「人間のすることやからなあ」「しゃあない」と言いながら自らの行動で学生に思いを伝える
形式にとらわれない「個性派の集合体」
本質を突いた作戦に特徴付けられる同志社ラグビーが、そこからうまれた
そんな、熟成された教師と学生の信頼関係によって培われてきた、同志社大学の伝統と文化そのものが
このラグビーの歴史の中に描かれている

この本を読みながら、心の中で思わず「そうだ、その通りだ」と
何度もつぶやいてしまったから、自らもすっかり同志社大学の伝統の中にあると思う
その本にも書いてあるが
学生の時はなんのことかわからないけれど、卒業して自分がそれに似た経験をするようになったとき、鮮明にその時のことを思い出す
同志社大学で過ごす時間というものは、そんな時間である
しなければならない日々の出来事と共に
形式ではなく、本質的で大切なことを考えることのできる時間と空間
来年度の授業では、最初にこの話しをしよう

実は上京区の西陣探索マップのコンテンツで、どうしても迷ってしまい
未だに決められないものがある
19日に成相寺へ行った時も、実際に歩いて見てまわった結果、新しい発見があった
写真や図面や文章だけでは得られない情報がそこにはある
形式ではなく、本質を伝えるために
そんな淡い期待を抱いて道具屋筋を歩き、古書店をめぐり、今日は終い天神へ
思えば去年の年末は相国寺で除夜の鐘をついて
今年の初詣は、その足で行った北野天神だった
これもなにかの縁だろうか

自転車で今出川を西へ
(今出川に自転車を置くようになって、すっかりフットワークが軽くなった)
Dsc00147 松本さんが教えてくれたように、千本の手前の般舟院陵が開いていたので少しおじゃまして、定家の伝説の地を見る
旧の今出川へ入ると路は少し登り坂になる
老松の先はすでに大変な人だかり
150円で自転車を預けて、はじめてゆっくり市をめぐる
老若男女が入り交じり、海外からの観光客と海外からの出店が入り交じる
中世の門前市の風景とはこんな感じだったのだろうか

Dsc00154 秀吉の北野茶会にちなむ長五郎餅を見て思う

菓子型を2本、糸車を1つ、埴輪人形のみやげ物をひとつ、家紋の型紙を3枚
まずまずの成果
けれども念には念を入れて、その足で、丸太町から三条まで古書店をめぐる
文化情報の学生君たちにも古書店巡りを覚えていってもらいたい
どの分野でも同様に、タイトルを眺めるだけで、それぞれの時代が持っていたコンテンツに対するさまざまな思いと見方と問題の所在が見え、そこから新しいテーマが浮かんでくる
ただしこちらは難関
はて、もう少し悩もうか

数日前に、ミナミの道具屋筋から千日前を歩き、自由軒の前を通り、北へ曲がって業界では有名な古書店に寄った
この日は大阪府関係の報告書が大量に棚に並んでいた
この業界でも世代交代が始まっているが、そのひとつの象徴を見た気がした
ミナミの喧噪に懐かしさを感じるのは、大阪時代のこの街との10年あまりのつきあいだろうか
京都とはまた別の熱さがあって学ぶことが多い

来年は文化情報の学生くん達も3回生
専門に目覚めたなら、京都でも大阪でも案内しよう

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