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2007年6月 6日 (水)

続 上醍醐

再び上醍醐にのぼる

前回は五大堂と開山堂と如意輪堂と上醍醐陵をめぐったが
今回はその下におかれている国宝の薬師堂から醍醐水をめざす
五大堂から矢印にしたがって道をくだると
最初のカーブに町石と地蔵の祠
そこを左に折れるとすぐ先が薬師堂

古代の山岳寺院にはめずらしく
尾根の先端を削りだして平坦面をつくり
その上に堂舎が築かれている
そしてその続きの尾根の下に建っていたのが重源にゆかりの経蔵
現在は礎石がならぶ遺跡となっている
これはめずらしい風景かと思ったが
地図を見れば、その南は大きな谷が沢ぞいのびており
その先には「別所」「岩井谷」「西ノ谷」「土井谷」「堂ノ元」といった
いわくありげな地名が続き、沢は現在の天瀬ダムのすぐ下で宇治川に合流している
この合流点から少し宇治川をさかのぼれば宇治田原への道につながるので
この風景もいたってふさわしい風景ということになる

ということで、この谷を登った一番上の谷奥の平場につくられたのが
本堂にあたる准胝堂で
その真下に置かれているのが醍醐水井戸となる

醍醐水井戸は、貞観16年(874)に醍醐寺開創の草庵が結ばれたところで
開山の聖宝理源大師が霊示により感得したという
両側を尾根にはさまれた谷の中央にひらかれた平場にたち
うっそうとした森がそれをとりかこむ

左手には、これも国宝の清瀧宮拝殿
森先生が指摘するように、清水も石清水八幡宮も
水と山岳信仰は密接な関わりがあり
上醍醐の場合も見事にそれを現している

醍醐水からの下りは、長い長い石段と坂道
途中から緑泥片岩の巨大な岩盤が下醍醐へ注ぐ沢を導く
秀吉の醍醐の花見で有名な千畳敷きまでおりると
道は稜線をはずれて女人堂まであとすこし

子供からお年寄りまで多くの参詣の人たちと出会い
あらためて醍醐と重源の魅力に触れることができた時間だった

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