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2007年7月22日 (日)

葛飾区郷土と天文の博物館と鬼塚遺跡と

Sn380036 京都市には東京に京都の観光案内などをサービスする京都館という事務所がある
20日は、そこと楽々キャンパスの提携による特別講座で祇園祭と花の御所と金閣寺と六波羅の話をする
会場は浜松町から海側へ出たすぐのところ
浜松町と言えば芝公園の古墳と増上寺へ行くときに降りるところだが、海側は初めて
改札を出たコンコースから広い恩賜芝公園が見下ろせる
こんなところに広く立派な公園があったのは知らなかった
という話を枕にもってこようと思っていたが
昨日読み返していた『増鏡』の中のあるエピソードも加えていたら
用意していた画像が紹介できないまま
話題が多すぎて枕無しでも時間をオーバーしてしまった
9月は西園寺つながりで大覚寺と亀山殿である

終了後、新宿で待ち合わせをしていた、寒梅館の調査事務所時代の卒業生たちと会う
一人はT大の院生になって鹿を追いかけ、一人はメディアクリエイターへの激しい戦いの日々をすごし、一人はイベントクリエイターのサポートに生き甲斐を感じているという
先週も同じように頑張っている卒業生と会ったが、皆、それぞれの苦労と悩みを抱えながら、好きな道を良い顔をして歩いている
週末の新宿のいたって普通の居酒屋で、たくさんのサラリーマンに囲まれて鰯の握りをつまみながらそんなことを言ったら、すかさず
「先生が一番好きなことをしているじゃないですか」と、これまた良い笑顔で突っ込まれた

まずはしっかりとした芯をもつことが大切で重要だが
さらに広い視野とたくさんの引き出しをもつことが社会では当たり前に求められる
調査事務所にかかわった学生君たちは、神学部から工学部まで全ての学部にわたっていた
そんな学部や専門の枠を超えバラエティーに富んだ彼らの卒業後のつながりは、20代後半から30代前半に必ず大きな力になってくる
彼らのがんばりは、文情の学生君たちへも良いメッセージになると思う
いずれ、そんな出会いの機会もつくろうか

日暮里から京成でお花茶屋に着く
葛飾区である
東京の西半分から南北の一帯は、これまでも何度となく訪れる機会があったので少しは地理感があるつもりだが
東半分については、実は未だによくわかっていない
大昔に平国香と平将門の地をめぐったことはある
大宮から春日部を経由して江戸川と利根川の合流点にある関宿の資料館へ行き
古河の博物館へ行き、小山・水戸・土浦・鹿島・香取を歩いた記憶がある
土浦へ別の機会だったかもしれない
今から思えば手賀沼へ行っておかなければいけなかった


肝心の東京に近いその東半分はあまり行く機会がなく
大きな盲点になっていた
ただし、学部か大学院時代に、森先生がさかんに葛西城のことは言っており
東京にも中世の遺跡があるんだという記憶はあった
そして葛飾区郷土と天文の博物館が積極的に東京の中世を扱っていることはもちろん知っていた
そんなこんなで少しずつでも東京の東を見て回ろうと思いつつ
浅草寺を見たのは数年前
帝釈天と矢切の渡しを見たのは確か去年
ようやくお花茶屋の駅に降り立った

あっけないほどにおだやかでなごやかな雰囲気で
確かに武蔵とは違った東京低地の風景がひろがる
駅前の商店街の一角には日本で一番おいしい自慢のお弁当が並び
駄菓子屋の店先では自転車にまたがった「ジャリンコチエ」が
カップに入ったシャーベットをつつく
ここも東京かと、思わず赤坂の風景とのギャップにとまどう
博物館は、駅前商店街が切れたとこから道を渡ってすぐのところにある
外見は小さく見えるが中はとても充実して広い良い博物館である
東京低地を主題においているだけあって
水塚など川と流通を主人公にした展示がとてもよくできている
古代では東海系の土器がみられ(それにしても古墳時代の東海系土器はどこにでも行く)
中世では葛西城と鬼塚遺跡で多彩な陶磁器が出土している
葛西城は知っているつもりだっが、鬼塚遺跡はすごい
石鍋もあるし、備前のすり鉢は15世紀のものがあって
13世紀後半から14世紀の魚住と東海のすり鉢
伊勢型の鍋も出ている
まさかここで魚住や15世紀代の備前に出会えるとは思わなかった
確かにこの場所が鎌倉時代後半にさかのぼって東京湾最奥部の重要な流通拠点としてその存在を主張していたことがわかる

かつて利根川がこの地へ流れ込み、あの浅草寺が隅田川の脇にあるように、葛飾区は板東武士の拠点である武蔵の各地へ、河川交通で物資を運び込むための正面玄関だった
葛西城が重視されるのは、しごく当たり前のこと
そのことがとてもよくわかる博物館だった
一遍にみちびかれて
善光寺に続いて注目したい場所はここににしようと思った

昨日充電を忘れたが、新幹線のコンセント座席を選んで良かった
まもなく京都
16時から四条のJ堂で森先生の新刊「京都の歴史を足元からさぐる 洛東の巻」の
出版記念イベントが始まる

本日のポイント
・新宿はとても国際色豊かな街だった
・週末の新宿では人が多すぎて携帯がつながりにくい

高橋慎一朗2007「鎌倉時代の鐘銘と『鎌倉遺文』」『鎌倉遺文研究』19
五味文彦2007「宇治の平等院を歩く」『UP』417
霧島市教育委員会2007『平家物語の世界を訪ねて』
安中市教育委員会2007『清水Ⅱ・Ⅴ・Ⅵ遺跡』
「都市平泉」CG復元論集制作会2007『「都市平泉」CG復元論集』
中井淳史2007書評「鈴木康之著『中世集落における消費活動の研究』」
鈴木弘太2007「中世鎌倉における「浜地」と「町屋」」『考古論叢 神奈河』15
鈴木弘太2007「中世都市鎌倉における「町屋」」『東北亜文化研究』12
中澤克昭2007「日本中世狩猟文化史論序説」『狩猟と供犠の文化誌』森話社
柳川英司2006「中世における食器の使用について」『考古論文集』尖石縄文考古館開館5周年記念
茅野市教育委員会2006『荒玉社周辺遺跡』
葛飾区郷土と天文の博物館『下町・中世再発見
葛飾区郷土と天文の博物館『東京低地の中世を考える
北九州市芸術文化振興財団埋蔵文化財調査室2007『北九州市蜑住稲国遺跡』
北九州市芸術文化振興財団埋蔵文化財調査室2007『小倉城三の丸跡第3地点』
北九州市芸術文化振興財団埋蔵文化財調査室2007『大門遺跡第3地点』

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