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2007年9月23日 (日)

平安宮豊楽院清暑堂に注目

そういえば昨日の11時にはソウルの昌徳宮にいて南大門に向かっていたなあと思いながら
千本を下長者から下がる
平安宮豊楽院内にある豊楽殿北の建物の清暑堂に南面西階段が見つかり
その説明会がおこなわれた
平安時代の国家的な饗宴の施設群として有名な豊楽院は
これまで、その中心建物である豊楽殿の北西部が調査され、現在公園となって保存されている
今回の調査は、道をはさんでその北にあたる

調査地の東半分は豊楽殿の北廊の版築で築かれた基礎がみえ
その北端の西で階段になっていた凝灰岩のきれいな切石が見えていた
昨日、昌徳宮を見ながら、くわしい王の生活の話を聞いていたため
真夏日のつづく京都でも
この石段の近くに立っていた天皇の姿が容易に想像できる

現在の地表面からわずか1m足らず
現在の風景の下から、平安宮時代に設計された建物跡が当たり前にみつかる
その意味はとても大きいのだが
あまりに普通の日常の中に埋没しているため驚きが驚きと実感されない
けれども、これが
京都という街がもっている歴史の深さのリアルの実際なのである
だから、この感覚をいかに多くの人に体験してもらうか
実際の現場をふまえた後のデジタルとアナログと知恵と工夫が試されるところ
大学院の課題にしている

今出川にもどるとたしか2年以上におよびクラーク館を覆っていた外装がはずされ
Dscn0901 修復が進んだその姿が見えていた
今回の修復で、その建築当時の姿に帰るという
実は建築史も遺跡研究と不可分の関係にある
規模は違うが、丸太町七本松の京都アスニーの1階は「京都市 平安京創生館」として
平安京や豊楽殿の模型と絵画資料の展示がおこなわれている
岡崎のみやこメッセには、京都市動物園の場所にあった法勝寺の模型が展示されている
これもまた、実際の現場をふまえた後のデジタルとアナログと知恵と工夫のひとつ

ところで
今回の調査地は清暑堂の南で東西方向の
おそらく古墳時代にさかのぼる落ち込みがみつかっている
清暑堂と豊楽殿をつなぐ廻廊は、これを埋めてそのうえに厚い版築で築かれている
この落ち込みは褐色の粘土で埋まっており
湿地のような状態だったと推定される
大内裏地区は、平安京の中でも一番高い地盤だったというのが
マクロ的な環境理解であるが
北西方向からの谷がのびてきたのだろうか
一瞬、秦川勝の邸宅にかかわる伝説が頭をよぎる

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