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2007年9月29日 (土)

もう一度室町殿の変遷を確認する

室町殿の範囲の変遷と存続期間について(現在の通り名)

★[第1期](1378~1431)上立売・室町・烏丸・今出川?(東西1町、南北2.5町?)

 築造したのは3代義満で、4代義持は御所を三条坊門とする
 ただし、5代義量(よしかず)の期間にも存在していたことが記録にある
 実質的な御所機能は義満の時代の1378~1397の約20年間

★[第2期](1431~1441)上立売・室町・烏丸・今出川?(東西1町、南北2.5町?→東西1町、南北2町以下?)

 6代義教が全面再築。出来た当初の範囲は第1期室町殿と同じと思われる
 ただし、1441年に義教が死ぬと、今出川に面する部分に義教夫人の寺が築かれ、南の範囲が狭くなった可能性がある。
 実質的な御所機能は10年間

★[第3期](1456~1476)上立売・室町・烏丸・今出川の一筋北の通り?(東西1町、南北2町以下?)

 8代義政が北小路新第(室町殿)に移る。
 実質的な御所機能は20年間

★[第4期](1479~1482)上立売・室町・烏丸・今出川の一筋北の通り?(東西1町、南北1.5町)→上立売・室町・烏丸・五辻(東西1町、南北1町)

 9代義尚の時期。室町花御所御作事。範囲は東西行40丈、南北行60丈の御地。
 しかし南方に数多くの町屋があったため南北40丈に築地を縮小。
 しかし1480年に焼け、1481年に四方築地再築するが完成しないままにとりやめ。
 実質的な御所機能は0年

★[第5期](1542~1548)上立売・室町・烏丸・五辻(東西1町、南北1町)

 12代義晴が北小路室町の旧地に再建(今出川御所)。13代義輝も利用。
 範囲は第4期と同様か。
 実質的な御所機能は数年

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