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2007年9月16日 (日)

走湯山の風景

大方の予想に反して、その日は朝から晴れだった
これもひとえに女王の魔力の賜と誰かがつぶやく

伊豆山神社は熱海駅の北東約2キロの尾根上に立つ
その北は谷で、南も谷である
熱海の駅から歩くとよくわかるが、ガードをくぐって西へ出て
ゆっくりと山麓をまいて登る道をゆき
ビクターの保養所をすぎたところが南の谷の入り口
2007 この谷を流れる川は伊豆山港へむかい、海に出る手前で滝のように激しく流れ落ちる
北の谷は、伊豆山神社の鳥居前を通るバス通りに沿って北西に深く延び、その向こうには高級なマンション群がそびえる
もちろんこの谷にも川が流れており、その水源に近い場所に本宮神社がおかれる

伊豆山神社からは角礫の転がる山道を約30分
傾斜がゆるやかになったところに出るとそこが本宮
伊豆山神社は、もとはこの本宮に鎮座したという
そして山の傾斜はここから角度を強め、その先の頂が岩戸山になっている

走湯山は、梁塵秘抄にも名高く、源氏の守護神であることでも有名だが
走湯山に関係する人物には、法名を鑁阿とした足利義兼もいる
彼は北条政子の妹と結婚し、頼朝とも関係の近かった彼は、建久7年(1196)に走湯山の理真を招いて栃木県足利市に鑁阿寺をひらいた
この寺は足利氏の氏寺として、尊氏以降厚い幕府の保護を受けることになる
走湯山は源氏と鎌倉にとって重要な神社であったが、足利氏にとっても同様な役割を果たしていたようである。
あたかも善光寺や浅草寺のようなものだったのだろうか
なお、ここの境内には貴重な経塚の遺跡があることも有名で
資料館には、出土した渥美の甕や壺、鉄製の経筒、中国製の青磁八耳壺などの見たことのない資料がならんでいる

そんなことも考えながら熱海の海を見下ろしていると
伊豆山神社にある資料館のパンフレットの写真にI君が気づいた
この神社を海から見たとき
その両側を滝のように(おそらく岩盤を)ふたつの川が海に流れ落ち
その中央にはその名の由来ともなった走湯がほとばしる
さらに目を上に転じれば
伊豆山の向こうに岩戸山が見え、さらにその向こうに富士がそびえる
伊豆山への道にはいたるところに岩が露出しており
コンクリートで覆われた海沿いも岩盤
そして言うまでもなく岩戸山には鎖場が
これ以上無い修験と聖地の条件がそこには備わっていた

若宮大路周辺の調査地点データの集約はほぼおさえたと思う
名古屋を出た頃から雲が厚くなり、一瞬窓に強い雨音が
これもひとえに女王の魔力の賜と誰かがつぶやく

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