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2007年11月20日 (火)

文化史特論遠足

気持ちよく晴れ上がった日曜日
午後1時の京都市内は思ったより暖かく絶好の遠足日和となった
例によって北大路駅に集合して船岡山へ
これまで何度も来た場所であるが、その度に新しい発見がある
前回は南斜面の岩盤を多く見ることができた
また毎回、遙か南に京田辺の神南備山が見えないかと気をつけているのだが
今回も雲の向こうに隠れていた
また、京都盆地の西方を望み、嵯峨野の話しもするのだが
今回は木の葉が茂り仁和寺の塔が見えなかった
今後はどうなるのだろうか

東へ建勲神社の石段を降り、最大の白木の大鳥居から参道へ向かう
少し道が折れ曲がるところで北を見ると大徳寺の東築地がみえる
大鏡で有名な雲林院がその先にあった
後でまた登場するので、雲林院の場所を覚えておくように言って東へ進み大宮に出る
今宮神社の御旅所である
目印は有名な御旅飯店
船岡山は平安京と異界の境界線だった
その後、その役割を今宮神社が果たす
その御旅所が船岡山の真東におかれているのは意味のあることで
さらにここが大宮通の延長上に位置しているのも意味のあること
東隣が玄武神社
言うまでもなく平安京の北の象徴である

ここで地図を見ると気がつくのだが
玄武神社と御旅所の間を、緩やかに蛇行しながら北西から南東に斜めにはしる道がある
平安京内では、そんな道はありえず
平安京外の近くでもあまり見かけない
うねうねとはしり、紫明通と堀川の交差点につづく
なんだろうと思いながら東の路地に入ると地面ががくっと下がり谷になっている
今思えば堀川の旧流路の右岸にできた自然堤防だったのだろうか

島津製作所の南の築地のそとをめぐって堀川にでて
ちょっとした用事で紫式部と小野篁の墓を訪ねる
資料によれば、「雲林院の南東数百歩」にあたるという
なるほど

堀川を紫明まで下がって西へ折れ、途中からさっきの自然堤防を下がり西法寺へ出る
安居井である
京都であまり注目されていない鎌倉時代の話しをして大宮へもどり
ふと思いついて櫟谷七野社へ
知る人ぞ知る、やはり鎌倉時代の重要ポイントである
今日の予定は、この後、京都市考古資料館から京都アスニーなのだが
こんなことをしていたらいつたどり着けるかとなるが
まあ、きままな遠足ゆえ、たんきり飴をなめながら
静かな大宮商店がをすぎ、五辻をすぎ、観世井をすぎる

京都市考古資料館では「みやこのうつわ」展が今月まで
ちょうど次回は「かわらけ」の話しなので
大急ぎだがしっかり見学
資料館を出ると3時をまわり風が冷たくなってきている
大宮一条で聚楽第の説明をして
ちょっとした都合で智恵光院で小野篁制作の地蔵尊を拝む
中立売を下がり、下長者から裏門にまわり
出水から浄福寺をとおって内裏を抜ける

承明門跡と内裏内郭回廊跡を通過して下立売を千本に出
縁石に記された朝堂院の施設表示に驚きながら4時半前になんとか京都アスニーへ
以前にタイムマシンナビで来て以来だが
その後、模型の残りが加わり、展示も充実して
京都の歴史を知る絶好の場所となっている
今日歩いた所を、模型と洛中洛外図で確かめ、平安京の地勢を知る
できれば、天井にビデオカメラを付けて、自由に操作して平安京の各地が見られればとも思うが
ちょうど、別室のホールで院政期のパネル展と資料展示が開催されている
日頃見る機会の少ない白河や鳥羽の資料を学ぶ
お疲れさまでした

5時前、暗くなりかけた千本を出世稲荷や朱雀門跡を確認しながら二条駅まで下がる
できれば神泉苑も行きたかったがと思いながら

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