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2007年12月31日 (月)

これはきっと

冬休みに入ってずっと昼夜逆転の生活が続いている
下書きを読みなおす度に、一字一句にこだわってしまい
ほぼ3ヶ月の間、山崎から淀を経て石清水への旅の途中にあった
全ての史料を見直していく中で
「海道記」が岩波書店と小学館で違うことに気がついて
岩波文庫の『東関紀行・海道記』を「日本の古本屋」で探して北海道から取り寄せ
思いついて羽仁五郎の『都市の論理』(講談社文庫)に目を通す
『増鏡』は井上宗雄の講談社学術文庫と明治書院の『増鏡』と角川書店の鑑賞日本古典文学と中村直勝のアテネ文庫を見比べ
『将門記』は梶原正昭訳注の東洋文庫を手に入れた
ちなみに「土佐日記」は小学館の日本古典文学大系
「本朝文粋」と「文華秀麗集」は岩波の日本古典文学大系である

辰刻二點がどうしても気になってしまい図書館の天文学のコーナーを彷徨う
「駄餉」の用例を探して国史大辞典をめくり
つい先日届いた五味先生と本郷さんの編集による吉川弘文館の『現代語訳 吾妻鏡』を読んでみつける
同じ五味先生の『王の記憶』(新人物往来社)に刺激を受けながら
高橋先生の『平清盛 福原の夢』(講談社選書メチエ)を読みはじめたら
清盛に「意外にもやさしい面があ」り、「またなかなかの合理主義者であ」り、「自己抑制と気配りの努力がつくりあげた」「素地からいえば情緒豊かで表現にメリハリのある人」で「音楽に親しむ素養や環境があった」と聞き、一方の後白河が「政争の修羅場において酷薄と謀略、行動において遍歴・漂泊と神出鬼没、気質において癇癖と躁性、芸道精進において真摯と偏執、美意識において新奇とバロックを本領とした」と形容した棚橋光男さんの『後白河法皇』(講談社選書メチエ)がどうしても読みたくなって目を通す

3月の企画が頭をよぎり、武蔵野書院の『篁物語新講』と別冊宝島の『京都魔界めぐり』(なんと執筆者が高橋昌明・小松和彦・山折哲雄・細川涼一・岡田精司・村山修一)を書棚にならべていたら、五味先生の『絵巻で読む中世』(ちくま新書)と『中世のことばと絵』(中公新書)に目が行って、その隣にあった江後迪子さんの『信長のおもてなし』(吉川弘文館)の一項を読んでしまう
これまでの関係論文も整理し直して空いたフォルダーに整理して
何十回かの書き直しに目を通したのが31日の午前3時だった
妙な高揚感が続くので、そのまま国会図書館の近代デジタルダイブラリーから『扶桑略記』をダウンロードして鳥羽に入る
そう言えば善光寺縁起の原典も『扶桑略記』だったという記憶が頭をよぎる

棚橋光男の遺稿集ともなった『後白河法皇』の解説を書いているのが高橋昌明である
高橋は言う
棚橋の後白河論は、従来のそれへの強烈な異議申し立てであると
従来の後白河論は、学者も読者も頼朝の亡霊にとらわれ、鎌倉幕府成立の各段階で武家勢力の行く手に立ちはだかる敵役だった
けれども、後白河と院政期の本質はそうではなく
初期中世国家として積極的に位置づけられるべきものであり
けっして律令制のたんなる解体現象や幕府の否定的前史に解消さえるべきではない
彼は直接その手で王権の中世を引き寄せた人物なのである

また同時に、彼が構築しようとした王権構想がいかなる想像力に支えられていたか、人物の本質も見通そうとした

これから仕上げようとしている「鳥羽」の章も
まさにこの視点が一番言いたいと思っているところである
しかもその源流はさらにさかのぼった別の人物の晩年に求められるとも
さらに棚橋はプロローグの中でこうも言っている

私はいま、一片の地図も一葉の写真も一点の図版も用いることなく、ただ文章のみの力によってアンダルシーアの野やカンタブリアの海をありありと読者の脳裏によみがえらせた堀田善衛『バルセローナにて』を思い出す
文学の領域における<物語の復権>になぞらえていえば、雄渾で豊饒な<「物語の構造」の学>としての歴史学<歴史叙述>の復権、政治・法・経済をも包括し照射し、さらにそれらの総体でもあるような人間の学としての高度の政治=文化史の構築こそ、私たちの課題だ

目指すべきフェルナン・ブローデルの『地中海』もまた同様であり
ジョン・H.アーノルドの『歴史』(岩波書店)でも強く主張されている意見である

そして棚橋は後白河論をその実践第一弾として、大胆な作業仮説の提示と知的冒険をおこない
それが歴史学における生産的論議の呼び水で、歴史学の活性化と再生への要だと信じた

これから仕上げようとしている「鳥羽」から「持明院」の章は
道長にはじまり頼通・白河・鳥羽・後白河・清盛・後鳥羽を経て西園寺にいたる中世を創りあげた王の物語にしようと考えている
それが先学に対するひとつの答えで、後進に伝えるひとつの課題になるのではないかと

テレビで紅白歌合戦が始まった
何げなく見ていたら
布施明が「君は薔薇より美しい」を歌い
クールファイブが「そして、神戸」を歌い
寺尾聡が「ルビーの指環」を歌い
あみんが「待つわ」を歌い
さださましが「Birthday」を歌った
11年ぶりに米米クラブが出演し
AKB48という初耳のグループの仕掛け人はあの秋元康だという
そして小椋桂が「愛燦燦」を歌う

小椋桂が「白い一日」を歌っていた頃、善光寺の東の坂を自転車で登っていた
「ルビーの指環」が流行っていた頃、今出川に面した「くま」という喫茶店に入り浸っていた
あみんが登場した頃、ラジオではコッキーポップが一世を風靡していた
実家にはグレープのLPが2枚ある
これはきっと
この選曲はきっと、同世代の誰かによるものとしか思えない
色々な意味で2008年は区切りの年である

皆さん良いお年を
そして謹賀新年

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