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2008年2月24日 (日)

押小路をゆく

Sanjohigasi01_2  Sanjohigasi02 Sanjokarasu01 Sanjokarasu02 3月16日(日)に予定されている京都探索企画があって
今日はその下見
少し早く着いたので、新風館と三井ガーデンホテルの遺跡表示を確認した後

烏丸三条の交差点で合流して東へ

Takaku 東洞院三条を上がって姉小路へ出る直前にあるのが高倉宮の碑
姉小路を東へ曲がり、すぐの路を北へとって、御池に出る東の角にあるのが、在原業平碑Narihira
かつては三条坊門小路と呼ばれた御池通りを東に出ると高倉の向こうに足利尊氏の御所八幡神社Gohohatiman

そのまま御池を北へ渡れば等持寺碑がToujiji

北へ上がれば押小路で二条大路の一筋南
平安時代から鎌倉時代は
この二条大路が高級貴族の邸宅の密集地で、今で言うセレブ街
押小路はその一筋脇の道になる
平安京や京都のイメージはどうしても南北を軸にできてしまうが
この二条大路界隈に限っては軸は東西になる
それは摂関期に二条大路の東の先に頼通の邸宅があったことと
院政期にその跡を再開発して法勝寺を筆頭とする大寺院群と白河上皇の御所が造られたため
そして鎌倉時代から南北朝期も亀山上皇や後深草上皇の御所が二条大路の周辺に築かれるためその風景は続く
けれども室町時代には上京が政治の中心になって、戦国期は上京と下京の間のその他になってしまう
それが時を超えて江戸時代に復活する
Nijo 京都の中心二条城になりその大手からまっすぐ東へ続く二条の先に高瀬川の舟入が造られ、その先は伏見を経て難波の海につながっていく
二条通り界隈は、京都の中でもそんな不思議な歴史をもっているところ

というわけで押小路を西へ烏丸を渡り室町のあたりへ来ると
Higaisanjo 江戸時代は金座のあったところで、中世は二条殿とその池が見つかった場所
さらに西の新町を行けば東三条院跡の碑が
そしてさらにその先には閑院内裏跡の碑と
Kanindairi Myokenji 秀吉の妙顕寺城跡碑がならぶ

Mitui 堀川へ出る手前を北へ折れると全日空ホテルの三井家門
Horikawataki01 Horikawataki02 そして堀川院の滝口跡モニュメント
Horikawa そのまま堀川へ出ればHukui 堀河院の碑と福井藩邸の碑
二条城の大手にあたるこの場所にある福井藩が親藩だったとは気づかなかった

堀川を少し下がって地下鉄入り口に入る
京都は歴史の街なので、地下鉄は遺跡の調査が必須
その成果を展示している場所が烏丸線では丸太町、東西線では二条城駅
Dscn1047 神泉苑関係の展示を見た後
Soseki 3番出口から地上へ出て再び御池通へ
Soseki02 Kuromon 不思議な礎石と、秀吉の黒門の表示を横目で見て

西へ曲がればすぐに神泉苑
Sinsen Sinsen02 弘文院の碑を見ながら北へすすめば、その先はゴールの平安宮です
Kobun

今日は猫の目のように天気が変わり
時折雨や雪交じり突風が吹き抜けた
本番は天気が良いことを願います

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