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2008年8月19日 (火)

善光寺のシンポジウムが開催されます

長野市埋蔵文化財センターの皆さんに大変お世話になり
善光寺門前遺跡の充実した調査をおこなうことができました

これまでおこなわれた調査地点は
表参道と大門の交差点から西にあたる西町地点と
東側の東町地点
表参道に面した大門西側の竹風堂さん地点
大本願地点そして仁王門東地点そして表参道の東に面した八幡屋さん地点

それぞれの調査地点で重要な発見があり
それらの情報の総合によって
善光寺門前の考古学的な中世が甦ります

西町遺跡では東西軸の薬研堀がみつかっており
13世紀初めの、きわめて京都色の強いと思われるかわらけが出土しています
また。14世紀代の古瀬戸の香炉と灰釉の盤が、焼けて一緒に発見されたことも重要です

東町遺跡については
今回とくにお願いして
大量の資料を見せていただくことができました
国産陶器、中国磁器、手捏ねかわらけ、在地土器など
西町遺跡と同等かあるいは西町遺跡以上の中世前半の豊富な資料が見られました

竹風堂地点は、最初に東西軸の薬研堀に注目した場所ですが
あらためて鎌倉時代の遺物を確認することができました
手捏ねのかわらけは、西町遺跡のかわらけよりも
在地色が強いようです
これも一緒に比較してわかったことです

大本願地点の遺物は、多くが近世のもので、それに古代の瓦が加わり、中世はわずかに南の溝から出土したものでした
いずれも細片で時期の認定は難しいですが中世であることに違いはないでしょう

八幡屋地点は、表参道に沿って南北に流れる石組の溝が見つかった場所で
時期は15世紀代
内耳鍋の大きな破片が出土しているのが印象に残りました

仁王門地点は東西軸で南に面した石組が見つかった場所で
その基盤層となった造成盛り土に焼土を多く含む層があり
そこから平安時代から鎌倉時代の遺物(瓦・土器・陶器)が見つかっています

全体を概観すれば
中国磁器では、白磁碗が少ないものの見られ
青磁碗は龍泉窯系の鎬蓮弁のものが最も多い
同安窯系も少なく、劃花文もわずかだが見られます
白磁は口禿の皿も

国産陶器では、甕はやはり珠洲窯系の製品が多く
常滑窯系は少ない
擂鉢は珠洲窯系と在地系
最も種類の多いのは古瀬戸系の製品で
瓶子系、香炉、盤、平碗、花瓶、卸皿、鉄釉の皿など実に豊富

時期的にみれば、13世紀から14世紀がピークで
15世紀後半から16世紀が少ないような印象ですが

帰ってもう一度検討をしてみたいと思います
長野市埋蔵文化財センターの皆さん
ありがとうございました

これらの資料群をもとにして
10月13日の善光寺シンポジウムでは
遺跡から見た、善光寺門前の考古学的中世の話しをしようと思いっています

なお、当日の予定は次のとおりになっています

2008年度日本民俗建築学会シンポジウム
★「詣の中心と周辺
善光寺-寺院・宿坊群・仲見世・門前からなる歴史的宗教都市の形成とまちのありかた」

一般公開・入場無料
日時:2008年10月13日(月曜日・祝日)
13時00分~17時00分
会場:善光寺講堂(善光寺事務局内)

基調講演:宮澤智士(建築史、長岡造形大学名誉教授)

パネリスト:笹本正治「民衆信仰からみた善光寺」(歴史学、信州大学)
倉石あつ子「善光寺にまつわる女性と民俗」(民俗学、跡見学園女子大学)
鋤柄俊夫「善光寺とその門前の考古学的景観復元」(考古学、同志社大学)
吉原浩人「絵画にみる善光寺金堂建築の変遷と祈りの空間」(日本宗教思想史、早稲田大学)

コーディネータ:土本俊和(信州大学)

展示:善光寺宿坊の写真図面パネル

問い合わせ先:梅干野成央(信州大学)

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