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2008年9月

2008年9月26日 (金)

歴史的景観復原と西国三十三所霊場

院生の古田君と奈良国立博物館で開催されている西国三十三所霊場展に行く
平日にも関わらず多くの見学者が館内をいっぱいにしていた
今年から記念のイベントが各地でおこなわれて
清水寺でも大きな催し物があると言う
日本文化の基底を流れる信仰のひとつの形がずっと息づいていることを実感する

ずっと見ていった中に長谷寺の銅板法華説相図というものがあって
表面に三層で六角の仏塔が造形されている
解説によれば、釈尊が法華経の教えを説いていた時に
多宝仏の宝塔が地中から涌きだし
塔内に釈尊が招き入れられたという
法華経見宝塔品の教説を基にしているという
六角塔といえば
笠置山遺跡の時に調べたが、数の少ない謎の多い塔である
ちなみに4回生が卒論で石造品を調べている
教えてあげよう

前半の中程に縁起絵の展示がある
多くは近世の資料だが見ているうちにあることに気づいた
大阪府の中世館の報告書で中世の藤井寺を書いたが
藤井寺も西国三十三所霊場のひとつである
この三十三所がどのようにして決められたのか
もちろん研究はあるが
都市からの視点で考えられないかと思っている
それを検討する材料がそれぞれの場所の風景である
室町時代以降は、都市図の普及により
参詣図も多く生まれるが
それらもあわせた三十三所霊場の歴史的景観復原が
これらの絵画資料からできるのではないだろうか
あるいは
どのようにしたらできるのだろうかと

今年から東大の高橋慎一朗さんと
一遍聖絵や紀行文をテキストにした
中世前半期社会の都市と地域の研究を始めた
その根本は、南河内以来おこなってきた
歴史的景観復原の方法である

9月12日におこなわれた3次元計測の研究会でも言ったが
それぞれの分野でぞれぞの立場と目的でデジタル化や3次元化が行われているが
ここの歴史文化情報研究室も
寒梅研究会の
大きなテーマは歴史的景観復原で
3次元デジタルの目的もそれである
9月の奈良博はとても良い勉強をさせてくれた

・中世の藤井寺(1月)
・みやこのかたち(3月)
・院政期の平安京(6月)
・都市と商人(8月)
・稲荷の氏子(9月)

2008年9月16日 (火)

一遍の軌跡(稿)

歳 西暦 年号 年 月 日 国   
1 1239 延応 1   伊予 宝巌寺 誕生 松山市
2 1240 仁治 1   伊予   
3 1241 仁治 2   伊予   
4 1242 仁治 3   伊予   
5 1243 寛元 1   伊予   
6 1244 寛元 2   伊予   
7 1245 寛元 3   伊予   
8 1246 寛元 4   伊予   
9 1247 宝治 1   伊予   
10 1248 宝治 2   伊予  母死
11 1249 建長 1   伊予   
12 1250 建長 2   伊予   
13 1251 建長 3 春  筑前 大宰府 聖達上人のもとへ 太宰府
14 1252 建長 4   肥前 清水 華台上人
15 1253 建長 5   肥前 清水 華台上人
16 1254 建長 6 春  筑前 大宰府 聖達上人のもとへ 太宰府
17 1255 建長 7   筑前 大宰府  太宰府
18 1256 康元 1   筑前 大宰府  太宰府
19 1257 正嘉 1   筑前 大宰府  太宰府
20 1258 正嘉 2   筑前 大宰府  太宰府
21 1259 正元 1   筑前 大宰府  太宰府
22 1260 文応 1   筑前 大宰府  太宰府
23 1261 弘長 1   筑前 大宰府  太宰府
24 1262 弘長 2   筑前 大宰府  太宰府
25 1263 弘長 3 5 24 伊予  父死により帰郷
26 1264 文永 1      
27 1265 文永 2      
28 1266 文永 3      
29 1267 文永 4      
30 1268 文永 5      
31 1269 文永 6      
32 1270 文永 7      
33 1271 文永 8 春  信濃 善光寺 二河白道
33 1271 文永 8 秋  伊予 窪寺 松門柴戸の閉室
34 1272 文永 9      
35 1273 文永 10 7  伊予 菅生岩屋 観音影現の霊地で仙人練行の古跡
36 1274 文永 11 2 8 伊予  同行三人で出立
36 1274 文永 11 2 13・14 伊予 桜井 聖戒と分かれる 今治
36 1274 文永 11   摂津 四天王寺 
36 1274 文永 11   紀伊 高野山 
36 1274 文永 11 6 13 紀伊 熊野新宮 念仏札を配ることを決める
36 1274 文永 11 秋  京・西海道   
37 1275 建治 1 春  京・西海道   
37 1275 建治 1 秋  伊予  帰着
38 1276 建治 2   筑前 武士の館 
39 1277 建治 3   大隅 正八幡宮 
40 1278 弘安 1 春?  豊後 府内 大友能直孫の頼泰が帰依
40 1278 弘安 1 夏  伊予   
40 1278 弘安 1 秋  安芸厳島 厳島 
40 1278 弘安 1 冬  備前 藤井・福岡 政所、家主は吉備津宮の神主の子
41 1279 弘安 2 春  京都 因幡堂 
41 1279 弘安 2 8  信濃 善光寺 
41 1279 弘安 2   信濃 佐久郡伴野 市庭の在家
41 1279 弘安 2   信濃 小田切里 ある武士の館
41 1279 弘安 2 冬  信濃 佐久 大井太郎朝光、父は小笠原信濃守長清
41 1279 弘安 2   下野 小野寺 
42 1280 弘安 3   陸奥 白河関 
42 1280 弘安 3   陸奥 江刺 
42 1280 弘安 3   陸奥 松島 
43 1281 弘安 4   陸奥 平泉 
43 1281 弘安 4   常陸  溝から銭を掘り出す
43 1281 弘安 4   武蔵 石浜  東京都台東区浅草石浜町
44 1282 弘安 5 春  相模 ながさこ  藤沢市長後
44 1282 弘安 5 3 1 相模 こぶくろ坂 
44 1282 弘安 5 3 2 相模 片瀬館御堂  藤沢市片瀬
44 1282 弘安 5 7 16 伊豆 三島 
44 1282 弘安 5   駿河 蒲原 
45 1283 弘安 6   尾張 甚目寺・萱津 
46 1284 弘安 7   近江 草津 
46 1284 弘安 7   近江 関寺 
46 1284 弘安 7 閏4 16 山城 四条京極釈迦堂 
46 1284 弘安 7   山城 因幡堂 
46 1284 弘安 7   山城 三条悲田院 
46 1284 弘安 7   山城 蓮光院 
46 1284 弘安 7   山城 雲居寺 
46 1284 弘安 7   山城 六波羅蜜寺 
46 1284 弘安 7   山城 市屋道場 
46 1284 弘安 7 5 22 山城 桂 
46 1284 弘安 7 秋  丹波 篠村 
46 1284 弘安 7   丹波 穴生寺 
47 1285 弘安 8 5 上旬 丹後 久美浜 
47 1285 弘安 8   但馬 くみ 
47 1285 弘安 8 11  因幡 霜月騒動 
47 1285 弘安 8   伯耆 おほさか 
47 1285 弘安 8   美作 一宮 
47 1285 弘安 8   美作 かなもり 
48 1286 弘安 9   摂津 天王寺 
48 1286 弘安 9   摂津 住吉 
48 1286 弘安 9   和泉   
48 1286 弘安 9   河内 太子御堂 
48 1286 弘安 9   大和 当麻寺 
48 1286 弘安 9 冬  山城 八幡宮 
48 1286 弘安 9   摂津 天王寺 
48 1286 弘安 9   尼崎   
48 1286 弘安 9   播磨 印南野教信寺 
49 1287 弘安 10 春  播磨 書写山 
49 1287 弘安 10 春  備中 軽部宿 十二道具の持文
49 1287 弘安 10   備後 一宮 
49 1287 弘安 10 秋  安芸 厳島 
50 1288 正応 1   伊予 菅生岩屋 
50 1288 正応 1   伊予 繁多寺 
50 1288 正応 1 12 16 伊予 三島 翌年の桜会
51 1289 正応 2   讃岐 善通寺 
51 1289 正応 2   讃岐 曼陀羅寺 
51 1289 正応 2   阿波 大鳥里河辺 
51 1289 正応 2 7 はじめ 淡路 福良 
51 1289 正応 2   淡路 大国魂神社  兵庫県三原郡三原町
51 1289 正応 2   淡路 北野天神  兵庫県津名郡津名町志筑
51 1289 正応 2 7 18 播磨 明石浦 
51 1289 正応 2 8 1 播磨 兵庫島 
51 1289 正応 2 8 23 播磨 兵庫観音堂 没

2008年9月15日 (月)

昔恋しい銀座の柳

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2008年9月13日 (土)

喜界島

その島は、奄美大島の東方約25kmに位置する
低平な台地状の島で、周囲はサンゴ礁原で囲まれる
現在の行政区は鹿児島県大島郡喜界町
面積56.87平方キロメートル
源為朝や平家の落人伝承があり、島北端部の七城跡は平資盛が13世紀はじめに築城したとも、15世紀後半に琉球の尚徳王が築いたとも言われる

その遺跡の名は山田半田遺跡
島の東を南北にのびる低い丘陵の西麓にある
島のほぼ中央で、城久(ぐすく)遺跡群のひとつ
掘立柱建物が建ち並ぶ集落遺跡で墓や鍛冶炉や石敷遺構があり
徳之島のカムイヤキや多彩な中国陶磁器などが見つかっているのは自然であろうかが
その中に灰釉陶器碗が混じっている

混じっているという表現は適切ではないが
南西諸島で灰釉陶器が見つかったのは初めてではないだろうか
大宰府との関係を示す史料はあると言うが
なにかもっと大きな出来事を
この資料は物語っているような気がする
できれば3月頃見に行きたいが

琵琶湖北端の町塩津で
12世紀代の神社が見つかっている
神社関係の最近の遺跡では
京都府宮津市の天橋立の近くの例が注目され
かつての事例では、山形県の大楯遺跡や十三湊の山王日吉神社などなど
大量の土師器皿が出土しており
面白いのは水運業者が木簡に書いた起請文
すぐ東に式内社の塩津神社があり
中世の水運と港町の構造を知る上で非常に重要
できればこれも見に行きたいが

兵庫県神戸市の塩田北山東古墳(4世紀前半)から
三角縁一仏三神四獣鏡が
良好な状態でみつかっている
粘土槨木棺の内部とのこと
兵庫県立考古博物館で
発掘された日本列島2008展
本日オープン

京都へ戻ると「関西考古学の日」ということで
四条烏丸にほど近い2カ所の遺跡が公開されていた
朝の雨がうそのような強い陽射し
1カ所は大丸の北
京都の繁華街のど真ん中を象徴するように
無数の土坑と溝が縦横無尽
秋学期の最初の授業では
この夏注目の京都の遺跡を紹介しよう

2008年9月11日 (木)

稲荷の氏子

稲荷の氏子

再び東京へ
少し早く京都駅に着いたので
思いついて博多行きのホームに上がると伏見城が遠くに見えた
橘俊綱のこともひかれるのだけれど
過日の京都駅の遺跡を思い出しながら
稲荷の氏子の方が今的にはふさわしいような気に
だんだんなってきた

それにしても最近の携帯のカメラ機能はすごいとあらためて

2008年9月 8日 (月)

東アジアの都市から上京まで

御徒町から西へ
不忍通りを越えると道はにわかに登り坂になる
湯島天神の北の石段は、その登り坂に入ってすぐのところにある
まだ8時半だというのにすでに参拝者がいっぱい
「修学旅行の方へ」という案内が良い
南の鳥居をから西へ出ると先ほどまでの賑やかな町の雰囲気が一変する

頭の中で中国と蔚山とベトナムと鎌倉と十三湊と博多と益田と大友府内の行き場に戸惑いながら丸ノ内線に乗る
益田については以前の見方を確かめるために行く必要ができた
大友府内も城下の面の下に14世紀の堀があると言う
以前に歩いた記憶をたぐり寄せながら
また行かなければならないと思う
十三湊は大いに見方を学び直す必要がありそう

いずれにしても陣ケ峰の風景は
今年の秋の大きな目標になると思う
丸ノ内線から地上に出ると
本郷で鳴っていた雷が雨を伴ってきた
少しだけ回り道をして丸善に寄って新幹線に駆け込む
船岡山から双ケ岡を経由して神楽岡をめぐる23日のデータを
品川から京都までじっくり見直す
列車に乗らないと集中できないという習慣をなんとかしないといけないと思いながら

コンテンツは
紫野・蓮台野・賀茂御祖神社・出雲寺
船岡山・今宮神社・大徳寺・雲林寺・紫式部墓・玄武神社
引接寺・石像寺・大報恩寺・五辻殿・湯たくさん茶くれん寺・上七軒・北野天神・東向観音寺・老松社・今出川・右近馬場
平野神社・北野廃寺・千本通・竜安寺・仁和寺・妙心寺・双ケ岡・法金剛院・吉田兼好
高陽院・源頼政邸・熊野神社・聖護院・神楽岡・吉田神社・吉田泉殿・白河殿

テーマは
1、洛北のふたつの貌(野と先住者)
2、異界との交感(船岡山)
3、後鳥羽と西園寺公経
4、足利と秀吉の思い出
5、近つの嵯峨野(双ケ岡)
6、白河の北(神楽岡)

気がつくと雨がやんで山科に入っていた
頭の中は東アジアからすっかり京都へ戻ったような

2008年9月 7日 (日)

根津の谷

東京はどこへ行っても六本木ヒルズとお台場冒険王ばかりかと思っていたら
根津は全く違っていた
地下鉄の駅を出て東大を探す
改札前の地図を見てなんとかなるかと思ったらまったくわからない
えらいこっちゃと思ったら目の前に看板を持った院生がいて救われる
地理感覚はあるつもりでいたが
頭の中でデジタルマップをまわしてもどうもしっくりこない
とにかく谷である
南東の東大へむかう登り坂と
北東の上野のお山へ向かう登り坂にはさまれた
根津は谷の町である

カシミールを立ち上げてなんとか場所を探し出すと
神田川を見下ろす湯島の台地から北へ続く台地にのっているのが
加賀藩邸と水戸藩邸の東大
根津の谷はその東を南から北西へゆっくり彎曲してのびる谷
北東に見えた登り坂は山手線日暮里の脇に見えるあの崖
そこから東は荒川の大氾濫原低地
次に台地に登るのは松戸になるので
なるほど葛飾は低地だとあらためて実感
ちなみに東北線の上野から東十条までは
この大氾濫原の段丘崖をなぞって走っている
さすが東北線は、東京の地形を良く知った由緒ある路線である

根津から不忍通りを少し北へ行くと根津神社
途中に金太郎飴の店があり
銭湯があり
表具屋がある
とてもなつかしい路地裏があって
下町そのものである
根津神社は元は千駄木にあったと言われる中世に遡る神社
千駄木はどこかと探したら
不忍通りをさらに北へいった場所
言い換えれば谷をさらに遡った場所
詳しいことはわからないが
駒込まで行くかどうかわからないが
根津の谷奥に置かれた開発領主の産土神だったのではないだろうか
地形を見れば東京の中世も見えてくる

根津から東へ向かうと谷中の墓地
その途中に観音通り商店街というものがあって
どこに観音があるのかと探していたら
龍興山臨江寺というお寺があって
蒲生君平の墓があった
京の宅はたしか黒谷の近くにあったと思う
今日の会場の脇には弥生遺跡の碑が建っている

蔚山の邑城の報告はとても有意義だった
最近出した本に少し書いているが
秀吉の京都と漢城の関係を一層印象付けたと思う

2008年9月 6日 (土)

京都晴れ

京都晴れ
本日の京都駅は
学生さんが多い


from 鋤柄俊夫

2008年9月 4日 (木)

網膜ディスプレイ(短稿)

ITニュースによれば

「ブラザー工業は、網膜に光を当てて映像を映す、眼鏡型の網膜走査ディスプレイ(RID:Retinal Imaging Display)を2010年に発売する計画」
という

紹介の画像を見れば
映像の向こうには実際の風景が見えている

以前から言っていたけれども
南から見た千本丸太町の交差点の奥に大極殿が建っている姿を
見ることができるのだろうか

2008年9月 1日 (月)

第3回 文化遺産のデジタルドキュメンテーションと利活用に関するワークショップ

標記研究会が開催され、vivid910の実践例を紹介します

日時:平成20年 9月12日(金)(10:00~受付)10:30~16:50
場所:東京大学生産技術研究所 駒場リサーチキャンパス A棟コンベンションホール
主催:動体計測研究会(ARIDA)
後援:(社)日本写真測量学会、日本イコモス国内委員会、(社)日本測量協会、奈良文化財研究所
参加費:無料(事前登録不要)
■プログラム■
10:00- 受付
10:20-10:30  開会挨拶
セッション1
10:20-10:30  1-1 加賀藩主・前田家墓所の三次元計測 ~史跡指定登録に向けて~ 徳田 義孝(株式会社国土開発センター)
1-2 東本願における伝統木造建築の3次元デジタルアーカイヴ構築 下川 雄一(金沢工業大学)
1-3 幕末明治地勢地図データのデジタル化 鎌田 聖子(株式会社パスコ)
12:00-13:00 昼食
セッション2
13:30-15:00 2-1 (仮)京都デジタルアーカイブとその後の動き 清水 宏一(奈良県立大学)
2-2 文化財のデジタルアーカイブとVR表現 加茂 竜一(凸版印刷株式会社)
2-3 古の色彩をまとったCG 小林 泰三(小林美術科学)
15:00-15:20 休憩
セッション3 15:20-16:20 3-1 考古学研究における3次元デジタル資料の利活用について 鋤柄 俊夫(同志社大学)
3-2 考古学研究者が期待する三次元計測データの詳細 新納 泉(岡山大学)
16:20-16:50 閉会挨拶
17:00-19:30 懇親会(コンベンションホール前ホワイエ)

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