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2009年1月

2009年1月23日 (金)

館か城か

20090123log 駅前でバスを降りたら冷たい雨が降り始めていた
ただし先週の長野の時ほどの寒気ではない
天気予報では、明日は日の出まで雪だという
朝起きると細かな雨が降っていた
道に雪の塊は残っているが
夜に降った様子は見られない
例によって地形を確かめながら長姫神社まで歩く
あまりに身近すぎて考えてみることをしなかったのが悔やまれる
あまりにも見事な選地だが
南北の谷に挟まれた中央の一番高い筋が本町で追手町で
その先に鎮座しているのが長姫神社
飯田城本丸である
朝の人気のない街は
通りの起伏を通してその様子がとても良くわかる
すでに足利けんりょう先生の研究で有名なこの飯田城下町だが
不思議に思えてならないのがその配置
簡単に言うと天竜川右岸の河岸段丘上位面に切り込んでいる沢に南北を挟まれた平坦面の先端に本丸がおかれ
付け根に向かって城下町が延びている
街道は山添いを走っているため
飯田城を訪れる客人たちは
山沿いの街道から城下をとおって城に向かうことになる

文字で書けばなんのことはない当たり前のルートに聞こえるが
現地に立てば、一番高いところを走っているのが街道で
城下町はさらに低く、本丸は最も低い場所にある
普通(という言い方は歴史研究には似合わないが)
城は見上げるもので、城下町はそこへ導く役も果たしている
したがって城の立地は
大抵の場合、その地域を見渡す高台に築かれることが多い

ところが飯田城はこのりくつと全く正反対な場所に本丸がある
飯田城だけではな
伊那谷の南に築かれた城の多くも
天竜川を見下ろす河岸段丘上位面先端にその偉容をみせている
したがってもちろん段丘を降りた面から見れば
そこに見えるのは地域の盟主の象徴である
見上げるべき城そのものである

日本海側の城を見てきた限りでは
本丸は、城郭の最も奥にあって
その背後にあるのは神聖な山か寺地か
飯田の場合も
山際を切り開けば
それに近い形ができないわけでは無いと思う
それにも関わらず街道や城下町から見下ろされる場所に本丸を築いたわけはなんだろう
なにか見落としていることがあるのだろうか
本丸が虚空への境界にあるなんて
まるでグスクじゃないかと思いあわてて打ち消す

上郷から松尾城へ向かう
午前中のうちに雲が切れ気温もすっかり上がり絶好の踏査日より
飯田中心部から車で約20分
松尾城は想像を絶する巨大な城郭である
大学院時代に長野県の中世遺物を調査した時に
緑ゆうの天目茶碗がそのすぐ近くから出土したことは知っていたが
どんなところだったのかまで調べていなかった
やはり遺跡から遊離した学問をしていてはいけないとここでも痛感
松尾城はいわゆる山城の範疇を超えた存在である
城というより居館連合と言うか
なんと言ったらいいのだろうか
あえて言えばまるで根城のような
しかし

平坦面の面積は飯田城より広いのではないだろうか
段丘下位面から見上げれば城だと言うが
上位面に上がってしまえば
深く広い堀で分けられた郭が
段丘平坦面をひろく切り広げ区画する
地名に屋敷も残り
家臣団の面影が浮かぶ
緑ゆうの天目茶碗が出土するのになんの不思議も無い場所である
さて三重と比べようか静岡と比べようか

2009年1月16日 (金)

今年最大の寒波

今年最大の寒波


迂闊にも
雪の積もった道の歩き方を忘れていた

from 鋤柄俊夫

2009年1月15日 (木)

第二幕の始まり

第二幕の始まり


from 鋤柄俊夫

2009年1月 3日 (土)

初詣

初詣


from 鋤柄俊夫

2009年1月 1日 (木)

謹賀新年

新年明けましておめでとうございます
昨年は西園寺公経と鎌倉時代の京都の日々でした
年末は1期生の卒論提出で大変密度の濃い時間を過ごしました
皆の努力は
必ず2期生以降の卒論の原動力になるでしょう
今年は
牛に引かれて善光寺
一遍に誘われて東へ西へ
今年もよろしくお願いいたします

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