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2009年6月

2009年6月28日 (日)

洞ヶ峠

洞ヶ峠


from 鋤柄俊夫

2009年6月22日 (月)

川西遺跡

徳島駅から眉山の南麓を回り込んで車で20分足らずのところにその遺跡はある
徳島市街の南を流れる園瀬川がつくりだした広い低地を過ぎ
大きく蛇行して南西の山地に入る手前が、その遺跡の立地になる
6月14日に現地説明会が行われた
緑泥片岩を利用した護岸施設が見つかり
その変遷は鎌倉時代から室町時代始めころまでの技術史解明につながる
貴重な成果を示すものである

さらに個人的には、そのこととさらにもうひとつ
日本の中世史研究にとって非常に重要な研究がこの遺跡から
始まる可能性があると考える

去年から一遍を追いかけて中世都市成立期社会の景観復原的研究をおこなっている
その一遍が晩年に徳島から淡路へ渡るが
徳島の場面は、吉野川中流の鴨島から先が無く
いきなり淡路の湊に着いてしまっている
阿波と言えば湊が多いことで有名なイメージが先行するが
一遍は阿波のどこから淡路へ渡ったのだろうか
一遍の立ち寄った場所をみれば、一宮などの賑やかな地域拠点や
備前福岡や石浜のように交通の要衝が多い
当然阿波においても同様な場所から出立したと考えるのが自然だろうが
それがわからない
まったく名もない湊だったのだろうか
そんな思いを半年ほど前からしていた矢先のニュースだった

すでに3月に、鎌倉時代の木製品が大量に出土したと発表され
将棋の駒や漆器など当時の生活文化を彷彿とさせる遺物が見つかっていた
どんなところだろうと思いながら行ってみた最初の印象が
現在の南さつま市
かつての金峰町と加世田市の境を流れる万之瀬川に関わる調査で発見された持たい松遺跡の風景

広い低地に姿を変えた河口から少し遡った場所で
万之瀬川は、この場所から大きく蛇行して薩摩の山塊に入り込む
その川を横切って薩摩から肥後につながる道がのび
遺跡はその交差点
鎌倉時代を中心とした大量の陶磁器が見つかった
加世田市側から川を渡ると金峰山を正面に見上げる台地
麓に観音寺がおかれ門前の町並みがひろがる
河口付近には唐坊の地名が残る
九州島の南西岸を代表する港湾都市遺跡として注目された

川西遺跡からは
かわらけの大量廃棄など一般の生活とは違った性格の遺物も見つかっている
一キロほど川下には寺山遺跡と呼ばれる鎌倉時代の集落遺跡があり
金剛光寺址との関係が指摘されている
川西遺跡の南に現在走る国道は
園瀬川をわたり西へ進むとすぐ国府の地区につながる
国府地区への表の玄関は吉野川の支流であるはくい川だろうが
徳島市街から川西遺跡にいたる途中は海抜が低く
かつては海が奥まで入っていたことも考えられる
ここを経るルートも有力な交通路だったにちがいない

周知のように鎌倉時代の交通路と経済は寺社が大きな役割を担っていた
川西遺跡に鎌倉の前浜地区の風景をダブらせながら
持たい松遺跡と対比させれば
ここもまた限りなく海湊の役割を持った川湊の遺跡ではないかと
そして一遍が出立したところも
こういった風景だったのではないかと
中世都市成立期のとくに港湾都市の研究を大きく前進させる遺跡だと思う
今後の研究に期待が寄せられます

難波曇り

難波曇り


from 鋤柄俊夫

2009年6月14日 (日)

上京へ行こう

Dscn0988 Dscn0970



12Dscn0959時30分に二条駅前を出る
Dscn0974 朱雀門の石碑は通りの向こうにあるのため





渡る通りは朱雀大路
出世稲荷で就活の成功を祈りながら再び通りを渡り
嵯峨野線に沿って少し北西に行った先を北へ折れるとそこが豊楽殿跡
源氏物語千年紀以来、内裏周辺の遺跡の整備が進み
ここもきれDscn0948いになっていた
Dscn0981 Dscn1007 京都アスニーで
時間を少々オーバーして話をした後大極殿碑へ


歩道の縁石記された朝堂院の施設表示を見ながら下立売を東へ
あの内裏内郭回廊跡もすっかりきれいになっている
歴史探訪館で解説を受けた後平安時代を離れて秀吉時代へ
松林寺の低地を確認して日暮通りから鵲橋を渡り梅雨の井をぬけて東堀へ
Dscn1029 Dscn1035 そのまま大宮通りを北上し名和長年碑で一休み




Dscn1045 Dscn1050 北の丸の堀の段差を確認してから一条通りを堀川へ
小川の跡を見ながら百万遍と革堂を経て
近衛殿から花の御所へ


2時間半で平安時代、安土桃山時代、南北朝期、室町時代
鎌倉時代を回れなかったが濃密なツアーでした
Dscn1055 皆さんお疲れ様でした

2009年6月 7日 (日)

纒向へ行こう

今年の歴史文化情報ゼミは古墳時代から江戸時代まで
このうち古墳時代をテーマとする者を連れて纒向へ
黒塚古墳の展示館を経て桜井市立埋蔵文化財センター
どこからも見える三輪山を意識しながらまきむく小学校へ
石塚から勝山矢塚とめぐりその中央に大溝を思い描く
のどかな田園風景にひたすらおだやかな日差しが
水田の高さを気にしながら古墳の配置を考える
太田の歩道橋に登り纒向の人たちが見た風景を考える
箸墓があった時となかった時と
まきむくの駅へ向かう、少しだけ傾斜が増す
駅には今日も纒向めぐりの人たちが集う
条里線にのった道を歩き駅の北から西へ戻る
左手に太田神社の森が見え浅い谷を確かめる
谷の段差に注意しながら纒向小学校に向かうと
やはり石塚のすぐ北に出た
これはこれはと思いながら収穫を喜んで帰途につく

2009年6月 1日 (月)

佐倉の森で

佐倉の森で
戦国時代の京都にタイムスリップ
新宿から京王線に乗って車窓を眺めていてなにか違和感があると思っていたら
畑の風景だった
畿内は水田の風景が多いため
道を歩いていると
耕作地はその下にあって見下ろして歩く
けれども武蔵野を行くと畑は道より高い場所にあり
手の届くところに農作物がある
路地に入ると地道はいたるところにある
これが関東かと思っていたら
佐倉のまわりは道の下に田んぼがあった
風景の背景は面白い


from 鋤柄俊夫

上京さんぽ

上京さんぽ
上京歴史探訪館のホームページがまもなくリーニューアルされます
工学部の金田先生の院生チームががんばってくれて
これまでのコンテンツに加えて
より親しみやすく上京の魅力を身近に感じられるものになっています
ご期待ください

from 鋤柄俊夫

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