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2009年8月

2009年8月26日 (水)

六条道場紫台山河原院歓喜光寺

六条道場紫台山河原院歓喜光寺

一遍の弟子、聖戒にちなむ歓喜光寺は、源融の河原院の跡に造営された
最初は八幡にあったと言う
その後秀吉によって現在の錦天満宮に移される
すぐ西は中臣鎌足の とも言われる大宅廃寺
現在は大宅中学校の正門すぐに碑が建つ
坂を下りると奈良街道
向かいは勧修寺

from 鋤柄俊夫
同志社大学 文化情報学部
http://tsukigar.doshisha.ac.jp/

2009年8月24日 (月)

秋の気配

秋の気分

from 鋤柄俊夫
同志社大学 文化情報学部
http://tsukigar.doshisha.ac.jp/

2009年8月21日 (金)

無事終了

無事終了


from 鋤柄俊夫
同志社大学 文化情報学部
http://tsukigar.doshisha.ac.jp/

2009年8月17日 (月)

37度

Dscn1561 今出川の調査では
狭い面積ながら多くの発見がありました
歴史資料館のブログを楽しみにしてください
今出川の現場から午後2時すぎに田辺に帰る途中
宇治川を渡る橋の手前あたりにあった気温表示は37度でした

2009年8月16日 (日)

六浦

金沢文庫でおこなわれた港湾都市の企画展には間に合わなかったが
せめて図録だけでも手に入れて、さらに港湾都市の目で六浦を見ようと京急に乗る
考えてみれば、六浦を鎌倉の外港と言っておきながら
六浦がどんなところか検討をしないままきていた
それはひとつには、六浦が鎌倉の外港ではあっても東へ向いた外港であって
中国陶磁器に代表されるような西への外港ではなかったという思い込みによるかもしれない
けれどもそんな思い込みはまったくの間違いだった
あらためて見る称名寺は、浄土思想をそのまま形にしたような庭園空間
背後には金鶏山に代わる金沢山、五位山に代わる金沢山
思わず平泉の毛越寺を思い出し、法金剛院を思い出す
正安の梵鐘に感動し、北条顕時と金沢貞顕の墓に詣でて
鎌倉時代の隧道の脇をくぐりながら、やはり六浦は鎌倉だと思う
元仁元年(1224)におこなわれた陰陽道の四角四境祭で
鎌倉の東の境界として記されていることを確認し
六浦の旧地形のパネルに驚いて図録を片手に表に出る
エントランスホールに置いてある遺跡調査の模型を見て
思わず鳥羽殿だと思ってしまう地業の石敷き
こちらの人はよく知っていることだとは思うが
近世初期の金沢八景要図を見て
六浦がみごとな港湾都市地形であることに驚いた
金沢文庫駅から称名寺へは16号線を渡るとすぐに登りになって
登り切ったところが称名寺
称名寺の山門でぐるりとまわりを見渡すとよくわかるが
称名寺をすぎるとすぐに下り坂
旧地形をみれば、金沢文庫駅は内川入江の中にあり
称名寺はその東に位置する金沢山の南麓に造営されており
そのすぐ東は東京湾、南も平潟湾につきだした細長い砂碓?の突堤を臨む
近世の地図に描かれている道と同じ道がまっすぐ南南西にのびており
途中に寺社が並んでいる
これは博多の風景だと思いながら突堤先端の洲崎(砂州の先端)へつくと
現在もそこから先は海
正面に八景島へ向かう高架が見え、西に瀬戸神社の鎮座する尾根の先端が見える
Dscn1410 これで旧地形をつかんだと心を躍らせながら琵琶島をめぐり
金沢八景駅の南の線路をくぐって
大汗をかいて上行寺東遺跡の遺構展示へ
上行寺で壬辰銘の宝篋印塔を拝み、吉田兼好の閑居があったことに驚きながら
かつての内湾の跡をたどりながら金沢文庫駅にもどる
六浦の地形はみごとな入江と潟をもった天然の良港であり
相模と武蔵を代表する港湾都市だった

2009年8月12日 (水)

現場でがらめん

現場でがらめん
現場でがらめん

現場でがらめん
がらめんとは丹波焼の破片のことを言う
丹波立杭の陶の郷では有名なお土産物で
庭などの装飾にタイルの代わりに使われるという
秋学期の教材用に買って帰ってきたが
多少汚れていたので
洗わないといけないと思っていたが
今出川の現場で合間を見て洗うことができた
もちろん現代の丹波だから
そのまま中世陶器の資料とするわけにはいかないが
現物あっての歴史文化情報
コンテンツあっての歴史文化情報だから
触って、見て
重さや、形や、色や、材質の質感や
様々な情報を確認するための
大切な資料になる
秋学期の授業では
備前、信楽、常滑、瀬戸美濃、丹波、土器を材料に
生きた歴史文化情報を勉強してもらおうと思う
今日の京都は35度だと携帯の天気予報が示す
さまざまな発見がうまれそうな様子だ
帰りに京都駅の八条口をぼーっとして歩いていたらやたらにラフな姿の人が多いことに気がついた
そうかここは日本で最も有名な国際観光都市で、おまけに今は夏休みだった
明日は東京

2009年8月11日 (火)

今出川調査頑張っています

今出川キャンパスで発掘調査が始まっている
日々の状況は、歴史資料館のホームページから知ることができるが
限られた時間や諸条件の中
大学でおこなう発掘調査としてベストを尽くすべく
一斉休暇の期間も惜しんで作業が続けられている

調査の担当は歴史資料館の浜中先生と永野さん
関係者として出来るだけ手伝いに行くようにしているが
今年の夏の天候不順と暑さに振り回されて苦労が絶えない
けれども、こういった仕事ではそれも常のこと
安全に十分留意をして頑張ってほしい

参加する学生君たちは
その姿を目の当たりにすることで
実社会と密接につながっている
考古学という学問の幅の広さと奥の深さを学んでくれると思う

2001年から足かけ4年にわたって
そんな思いをしながら夏と冬とを過ごした
様々な思い出と膨大な記憶を辿りながら
短い打ち合わせをして
静かな今出川を出る
寒梅館を横目に

新しい夏は始まったばかりである

2009年8月10日 (月)

雨の現場

雨の現場


from 鋤柄俊夫
同志社大学 文化情報学部
http://tsukigar.doshisha.ac.jp/

2009年8月 9日 (日)

信楽逍遥

Shigaraki Sigaraki02 秋学期の授業準備のその3

清右衛門陶房にて

2009年8月 8日 (土)

丹波逍遥

丹波逍遥
秋学期のために
その2

丹波を訪れたのは、約30年以上前だったと思う
丹波古陶館と三田の窯を巡った
三本峠や立杭も行ったかもしれないが覚えていない
一斉休暇の初日、秋学期の授業準備を兼ねて丹波へ向かう
帰省ラッシュの初日とも重なり、中国道は西宮北口まで渋滞
途中、名塩を回って余計に時間がかかってしまったが思ったより早く三本峠を通過する
立杭は信楽に似た谷の村だった
篠山市今田町(こんだちょう)にある立杭陶の郷では
よろこんだスタンプラリーがおこなわれていた
窯元の作品が並ぶフロアで破片をもとめ
古陶磁展示で瀬戸の梅瓶そっくりの刻画文壺(表面がはがれて須恵器質の胎土が見えていた)と
山茶碗と常滑そっくりの焼けひずんだ甕を見て
中世丹波の淡い灰釉と明るい器壁を頭に入れる
隣に新しく出来た県立の陶芸美術館があり丹波焼きの歴史の企画展がおこなわれていた
近世から赤土部で赤色を強くした丹波は備前を意識したのだろうか
その後、篠山へまわって古陶館で見た慶長期の丹波にも同じ感想を持った
気温は35度まであがっていた
陶器神社をたずねたあと、向かいの窯元で南北朝の釉色に近い箸置きを買い
思いっきり静かな立杭から篠山へ
篠山口から篠山川をさかのぼった先が篠山城
その南の道を篠山川と平行して東へ行くと妻入の商家が立ち並ぶ河原町
篠山は伊賀上野に少し似た雰囲気で
丹波古陶館はその一角にある
坂の多い場所の記憶があったがまったく違っていた
あれはどこの記憶と混ざったのだろうか
来週はデカンショ祭りだそうだ
築城400年祭もあり、町中はその準備で賑わっていた

2009年8月 4日 (火)

港湾都市寧波

奈良国立博物館で寧波展を開催している
とても良い展覧会である
中国江南と日本列島の文化のつながりは中世よりはるか以前に遡るが
これまで曖昧になっていたことがいくつも鮮明になった
つながりが深いゆえに
とにかく内容が豊富である
阿育王塔については、杭州市雷峰塔の銀阿育王塔が圧巻である
10年ほど前に、南山城総合調査で国内の銭弘俶八万四千塔の勉強をする機会を得たが
その原型ともされる
日本における阿育王塔信仰は平安時代初期に遡ると言われるが
それを広くおこなったのは白河法皇と俊乗房重源だったという
10世紀に制作された銭弘俶八万四千塔と
13世紀以降に出現する石造宝篋印塔の関係については
議論が盛んにおこなわれているが
それが日本に入ってきた事実と信仰として広く定着した時期についての整理はどのようなものだろうか

先年に小野篁を調べたとき、地蔵信仰を勉強した
十王図を見たとき
ああ、これも寧波かと思った
新安沖沈船遺物も言うまでもない
そして雪舟が描いた寧波の風景の模本を見たときは
博多の防塁を思い描いてしまったが
これは飛躍しすぎだろうか

寧波へ

寧波へ

from 鋤柄俊夫
同志社大学 文化情報学部
http://tsukigar.doshisha.ac.jp/

2009年度中世都市研究会「都市を区切る」が開催されます

遅まきながらのアップですが、2009年度中世都市研究会「都市を区切る」が開催されます
期   日:2009年9月5日(土)・6日(日)
会   場:青山学院大学 青山キャンパス(東京都渋谷区渋谷4-4-25)14号館(総研ビル) 11階 第19会議室  (正門を入ってすぐ右側のビルです)
JR山手線、東急線、京王井の頭線「渋谷駅」宮益坂方面の出口より徒歩約10分
地下鉄「表参道駅」B1出口より徒歩約5分
参 加 費:3000円(資料代金を含む)
当日、受付にてお支払いください。
懇  親  会:青学会館(大学敷地内)  会費5000円
申込方法:電子メールまたは郵送にて、下記の事項を記入の上、7月26日までにお送り下さい。
(1)氏名 (2)住所 (3)電子メールアドレス (4)所属 (5)懇親会の出欠(6)来年度以降の案内の必要の有無
【電子メールの宛先】toshikenkyu@gmail.com(申込専用)
【郵便の宛先】〒150-8366 東京都渋谷区渋谷4-4-25
青山学院大学 文学部史学科 藤原研究室気付 中世都市研究会事務局
プログラム
9月5日(土)
12:30 開場
13:00~13:30 ◇問題提起 藤原良章(青山学院大学)
13:30~14:10 ◇「中世前期の都市・町場と在地領主」高橋修(茨城大学)
14:10~14:50 ◇「城下町の区画―相模小田原を例に―」佐々木健策(小田原市教育委員会)
14:50~15:00  (休憩)
15:00~15:40 ◇「木組み側溝から見た鎌倉遺跡群の区画」宇都洋平(藤沢市教育委員会)
15:40~16:20 ◇「中世加賀の町場と区画」向井裕知(金沢市埋文センター)
16:20~16:30  (休憩)
16:30~17:10 ◇「足利義満の北山新都心構想」細川武稔(日本学術振興会)
18:00 懇親会 (会場:青学会館)

9月6日(日)
9:30~10:10  ◇「中世・堺の“環濠”をめぐる諸問題―調査事例の現状整理と若干の検討―」嶋谷和彦(堺市文化財課)
10:10~10:50 ◇「ムラの溝・シロの溝」山川均(大和郡山市教育委員会)
10:50~11:00 (休憩)
11:00~11:40 ◇「太閤町割以前の博多の区画」堀本一繁(福岡市博物館)
11:40~12:20 ◇「参詣曼荼羅に見る都市と区画」岩本馨(京都工芸繊維大学)
12:20~13:20 (昼食)
13:20~15:00  討論 (司会:飯村均・本郷和人)
15:00 閉会
ご注意
◆9月6日(日)の昼食は、各自でご用意、または付近の飲食店をご利用下さい。
◆会場には駐車スペースがありません。できるだけ公共交通機関をご利用のうえご来場下さい。
◆当日の資料を追加でご希望の方には、1部1000円にておわけいたします。
◆宿泊施設については、各自で手配してください

2009年8月 3日 (月)

御幸橋逍遥

御幸橋しょうよう

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