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2010年3月23日 (火)

北上川遡上

北上川を遡る

たしか昨年だったと思うが
会津坂下町の帰りに白河の関へ行った
その時、阿武隈川の本当の意味を初めて体感したのだが
今回は同じ意味での体感を初めて北上川でした

平泉へは何度も行っていて
平泉と北上川の関係はわかっていたつもりだった
けれども平泉より北の北上川についてはなにもわかっていなかった

平泉より北の奥州もまた
平泉に匹敵する豊かな土地がひろがっていた

江刺水沢でおりて豊田館へ向かい
えさし郷土文化館で豊富な資料を見て胆沢城へ
なによりも平地の広さに圧倒された

大和川に水をあつめる奈良盆地と同じ規模ではないだろうか
会津盆地のほんの一角を見た時も同じ感覚を持った
奥州の人は雄大だから
会津盆地に分布する館の距離を近いと言うが
奈良盆地のイメージではいたって普通
北上川の平地はとにかく広い
それはおそらく古代の中世の畿内の人間の想像を超えるものだったのではないだろうか

そんな広い北上川の平地の中で
豊田館はいわば会津坂下の陣が峰城のような姿を見せていた
あるいは、青森の中里城のような平安時代の防御性集落に似ていると言った方がいいのだろうか

そして胆沢城は
姿はともかく立地は柳ノ御所遺跡と瓜二つ
平泉が担ったものの意味が少しだけ見えた気がした
奥州市の埋蔵文化財センターの充実した展示に感動しながら
その感覚は志波城に立ったときにさらに強まった
やはり非常に中身の濃い盛岡市遺跡の学び館の展示を見ながら
日本列島と東アジアを考える大きなヒントがここにあることが

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